国立オペラカンパニー青いサカナ団「トリスタンとイゾルデ」

 過去の大胆な「名作読み替え」舞台から、ここ最近は現代社会的創作もので勝負している青いサカナ団なので、そういう方向が好きな私のようなものには、どういう「トリスタン」になるのかという期待がないわけでもなかった。しかし、一方でイタリアオペラで適確な演出をする粟國淳を起用しているところから、意外とまともな「トリスタン」になるのでは、という別方向の期待もあった。

 結果からいえば、極めてまっとうな「トリスタンとイゾルデ」であった。まず、オケを2管編成として歌手への負担を軽減し、最後まで息切れのしない緊迫した演奏が楽しめる舞台であった。ワーグナー、それも「トリスタン」という過度の気負いもなく演奏していて、聴いているほうも余計な意気込みや心配も不要であった。もともとそれぞれの役柄に適しているキャスティングのため、なんの違和感もなく、ヴェルディやプッチーニを聴いているような、そういう自然さがある。もしかしたら、ドイツのオペラハウスによるヘビー級の「トリスタン」よりも眠くならずに聴けて、ビギナーにも分かりやすい舞台だったかもしれない。

 2管編成のオケといっても、響きは十分だし、金管なんかもきっちりきまっていて、物足りないなんてことは全くなかった。演奏レベルも、プロのオケといわれても分からないほどだ。指揮がいいのか、あるいは指揮者がこのオケをよく知っているからなのか。細かなことを言えば、確かにワーグナー独特の陶酔感には達していなく、聴きながら意識がどこかに飛んで行くことはなかったが、「トリスタン」の音楽はこういうものだと、十分に楽しむことはできた。

 キャストも適役で、トリスタンの田代誠やイゾルデの飯田みち代も良かったが、小畑朱美のブランゲーネなどもっと伴奏が厚くても平気なのでは、と思われるほどであった。

 演出はかなり普通。いまどき普通のワーグナーといえば、つまらないように聞こえるかもしれないが、この団体が、この時期にこういう形の普通のワーグナー上演をすること自体が普通ではない。そこに意味があるのか。

 舞台もシンプルで適確な美術で効果的。色調を限っているが、そのシーンに合わせての変化は、とても自然である。

 2階席からでもキャストの顔が良く見える、それほど大きくないホールでの、ある程度の水準を維持した「トリスタン」を聴けるなんて、かなり贅沢な公演である。ちょっとした町中の公民館で本格的ワーグナーの舞台がかかるとは、日本のオペラ界も立派なものである。ただ、客席に空きが目立つことを見れば日本のオペラ鑑賞界は逆に貧弱さを感じる。

(2005年6月18日 なかのZERO)

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