「ジークフリートの冒険」鑑賞顛末記

 お子様ランチでも結構本格的なものがあって、積極的に食べてみたいとまでは思わないにしても、どんなお味なのかちょっと試したくなることがある。しかし大抵は年齢制限が課せられていたり、そうでない場合でも大人ひとりで注文するのは相当な度胸がいる。

 同様に、お子様向けオペラでも結構本格的なものがあって、積極的に観てみたいとまでは思わないにしても、どんな舞台なのかちょっと気にかかることがある。しかし大抵は年齢制限が課せられていたり、そうでない場合でも大人ひとりでお子様たちに紛れて鑑賞するには相当な度胸が必要になる。(おまけに時世柄、ロリコンではないという毅然とした風貌も必要になる。)

 新国立劇場で、昨年から夏休みに上演している「ジークフリートの冒険」もそうで、キャストも指揮者も結構よくて、音楽的には満足できそうな内容であるので、もし観れるのであれば、どんなものなのか一度観てみたいと思っていた。しかし、4歳以上の親子という制限がある。親子券に余裕がでれば、大人単独券も発売されるのだが、そこまでするほどでは、という気もしてくる。

 長女は6歳なので当人の意向はこの際無視してでも連れて行けるのだが、当家の問題は2歳の次女が「4歳以上」という規制に引っかかることだ。ふつうの家であれば妻がそのあいだ次女の面倒を見てくれるのかもしれないが、うちの場合、妻も「ジークフリートの冒険」を観たいと言い出している。この解決策として、「土曜日は夫と長女がオペラ、妻と次女が留守番、日曜日は妻と長女がオペラ、夫と次女が留守番」という奇策まで編み出された。いくらなんでも6歳のこどもが二日連続で同じオペラのために新国立劇場まで通うのは酷だと思うのだが、妻は長女に向かって「同じオペラを二日続けて見てもいい?」と尋ねている。完全に当家では「おとなのためのオペラ」になってしまっている。

 新国立劇場のHPを隈なく見ていると、近辺の託児施設の紹介があったので、次女は笹塚の施設に一時預かりしてもらうことにした。長女の二日連続オペラという受難は避けられることになったが、逆に次女の方は姉抜きでひとりだけで、初めての施設に置き去りにされるという受難を課せられることになった。しかも近辺といっても、新国立劇場から電車で2駅先の所だから、ちょっと長時間の託児になってしまう。両親のオペラ(それもこども向け)見たさに翻弄される娘たち。

 さて肝心の「ジークフリートの冒険」であるが、「ワルキューレ」第3幕から「ジークフリート」までを一時間余りに脚色しながら、ワーグナーのエッセンスは詰め込まれていて、なかなかおもしろくできていた。ただ、こども向けにアレンジするのに、なぜワーグナーを選んだのかな、という疑問も少し感じた。楽しくて親しみやすい明瞭な歌が出てこないオペラは、印象としては音楽ではなくストーリーに偏ってしまう。(大人でもワーグナーはビギナー向けではない。)現に長女は、カルメンや夜の女王だとLDを一度観たらすぐに口ずさめるようになったのだが、「ジークフリートの冒険」の後は、ノートゥングの剣が折れるまねをしたり、物語的なことしか反復していない。できれば来年からははっきりとした歌のある作品を取り上げてもらえれば、また来てみたくなると思う。

 数時間後に次女を引き取りに笹塚に戻った。すると、よっぽど託児施設が楽しかったとみえて大笑いしていた。受難だなんて心配は親だけのものであった。一方、長女の脳裏には、オペラと託児と一体どっちが楽しかっただろうか、という疑念が浮かんだに違いない。