新国立劇場「愛怨」

 日本オペラは積極的に観ているのだが、どういうわけか三木稔のオペラは今まで観たことがなかった。音楽を聴いたこともないのだから、好き嫌いの問題ではなくて、ただ単に機会がなかっただけなのだが。「春琴抄」とか「ワカヒメ」など、もう少しで公演に行けそうなこともあったのだが、結局日程の都合でチャンスがなかった。

 そしてようやく今回、新国立劇場での新作「愛怨」に行くことができ、初めてその音楽に接したのだが、予想外にオーケストレーションが厚く、シンフォニックな響きで、それでいて声を殺すこともなく、実にオペラの音楽としてよくできている。その効果はR・シュトラウスのような感じで(もちろん旋律の雰囲気が似ているというようなことではない)、オペラだけでなく、交響詩のようなオーケストラ曲でもおもしろいのでは、と思えてくる。実際、この「愛怨」の中にも長大な「琵琶協奏曲」とでもいえるような場面があって、その部分だけを独立したコンサート曲としても十分に成り立つほどのもどだ。(しかも、その場面でもごく簡単な台詞を挟み、物語の進行を止めてはいないのだから、オペラとしての処理も十分にこなしているのだ。)欧米での依嘱によるオペラ作品が多いこともうなずける。

 台本は瀬戸内寂聴の新作書き下ろし。原作を持たない、ストーリーから創り上げる日本のオペラの中では、さすがに小説家によるものだけあって、物語としてもとてもおもしろくなっていた。場面が多いので、演出の工夫には困るかもしれないが、話の展開は多岐にわたって分かりやすく、これからどうなるのだろう、というおもしろさがある。舞台の大半が中国であることも広がりを感じられて、日本オペラによくある地域固執の閉塞感はない。(この点は團伊玖磨のオペラと同じ雰囲気である。)また、ヒロインが1幕で早々に狂乱して自害する展開も、他のオペラではあまり見られず、小説っぽい。(2幕以降は生き写しの姉が登場するのだが。)

 大友直人指揮の東京交響楽団も良くて、三木稔の音楽の素晴らしさは、これぐらいしっかりした演奏でないと、発揮できないのだろう。

 新作オペラの初演の最大の楽しみは、作曲家や台本作家に対して拍手喝采を送ることができる(もしくは送らないことができる)ことにある。こういう体験は過去の作品ではもはや不可能なのであって、新作だからこそできることである。今回もカーテンコールで作曲家と台本作家に拍手を送ろうとしていたのだが、ちょこちょこと舞台に出てきた寂聴先生は、いきなり客席に向かって拝みだした。さすがにカーテンコールで拝まれたことはなかったので、拍手の手も一瞬止まってしまった。

(2006年2月17日 新国立劇場)

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