東京室内歌劇場「虎月傳」

 1980年の初演以来、外国も含め各地で再演を重ねているのだが、私は今回初めて田中均の「虎月傳」の舞台を観た。初めてなので、まずは作品そのものの感想から。

 タイトルから想像がつく通り、中島敦の「山月記」のオペラ化である。元々の小説が、ごく短い枚数の中で、一気に鮮烈で衝撃的な印象を与えるものであるが、このオペラもまた僅か60分の1幕の中でその印象をうまく表現している。室内楽のようなアンサンブルも、フルートが突然尺八のような音色を出したり、パーカッションやヴァイオリンも効果的に舞台をあおり立てる。

 物語も原作通りに進むが、唯ひとつ、オペラ独自の創作は、虎になった詩人の母を登場させていたことだ。行方不明の息子を探していたところ、たまたま詩人の友人であった官人と峠道を同行するという設定は、話の展開としてはごく自然に処理されていたし、またやはりオペラは音楽であるので、バリトン二人だけの長いやりとりに音の変化をつけようとしたのであろう。しかし、私の印象では、バリトン二人だけのかけ合いの方が緊迫感が濃いように思えるし、女声の合いの手が入ると一瞬現実世界に引き戻されるような気分にもなる。しかしそれよりも、精神的なドラマとしては、虎になった詩人には、官人と一緒にいる自分の母の姿が認識できないという設定が効果的であった。詩人というものを否定する母の姿は分からないのに、詩人を志したこともある友人の姿は分かるということは、詩人が虎に化してしまった原因の一端を示唆しているようで、小説とは別の効果があった。

 演奏は、東京グローブ座の狭い空間で、息もつかせぬアンサンブルを楽しめた。ずっと出ずっぱりのキャストも熱唱であった。大劇場では味わえない室内オペラの醍醐味満点で、室内歌劇場を名のる団体の本領といった感じ。演出は、初演時の栗山昌良の原演出がずっと変わっていないということで(今回は原演出に基づく十川稔の演出)、山水画も使用して原作の冷たく怪奇な雰囲気を保ったもの。この作品がもっと普及するまでは、これがベストの演出だと思われる。

(2006年3月26日 東京グローブ座)

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