国立オペラカンパニー青いサカナ団「僕は夢を見た、こんな満開の桜の樹の下で」

 この長いタイトルのオペラは2003年2月に東京文化会館の小ホールで初演されたのだが、私はその時の舞台を観ているので、今回が2回目になる。都内のファミレスに2人組の銀行強盗が逃げ込んでくるところからストーリーが展開していくが、もう2回目なので改めてあらすじを記述することは省略。過去の時代の作品を現代に置き換えて演出し舞台をつくるよりも、現代そのものを扱った作品の方が、ストレートに現代に通じることだけは確かであって、その現代性たっぷりの後味(初演時には作曲家自身が「読後感」と言っていた。)にもう一度浸りたくて再演に出かけたのである。

 初演時の小さな空間から大きなホールに会場が移って、ドラマとしての緊迫感が薄らぎはしないだろうかと心配だったが、その点は全く大丈夫であった。作品そのものがしっかりしているし、音楽の厚みはもともと大ホール向きであるし、なにより緊迫感を維持していたのはキャストの熱演である。大ホールに移ったことによるマイナス面は、日本語の歌詞が多少聞きづらくなったぐらいだ。

 演出も、基本は初演時と変わっていないが、私の記憶違いでなかったなら、会場の大きさに合わせてスケールも大胆になっていた。小ホールでは用意できなかった本格的な桜の巨木が舞台全体を覆っていてその幻想性に効果を出していたし、幕切れもヒロインが桜の樹と一体となってしまう演出もごく自然だった。また、僅か3年の歳月だが、初演の時も携帯電話は小道具として存在していたが、携帯で写真を撮るという行為はなかったと思う。

 演出面ではこのように若干の変更がみられたが、作品そのものは歌詞も音楽も改訂されていなかったように思う。私が初演を鑑賞して、再演時には改善されればより良いオペラになるのではと思った点が2点あったが、どちらも手が加えられていなかった。まずは、設定が2003年桜の散る金曜日という限定された日時(今回の再演ではそこまで詳細に設定していないようだが)であって、登場人物の喋っていることの時代背景がかなりその時点に限定されていること。3年たった今回でさえ大枠では当時と社会状況は変わらないものの、微妙に変化が感じられることは確かで、今後5年10年経つと急に古めかしい作品にならないかという懸念がある。もう少し時代に普遍的なリブレットであってもよいのでは、と思う。もう1点は、第2幕の夢のシーンがやたら長く、非現実の話の部分なので、こういう作品を観慣れていない人には退屈に感じることがあるかもしれない。ただこの点については、音楽面では充実しているので、鑑賞回数を重ねて作品自体への戸惑いを無くせば、その良さを楽しめるようになってくる。

 キャストは、初演からほとんどが一新された。特に物語の中心であるジロー役の樋口達哉は、こういった破れかぶれのキレた役柄がよくハマッていて、迫力のある歌と演技であった。ヒロインのサクラ役の並河寿美をはじめ、そのほかのキャストも作品を理解した役づくりであった。

 このオペラ、初演時も今回の再演もたった1回だけの公演で、合わせてまだ2回しか舞台にのっていない。その2回とも私は観ることができて幸せである。とはいえ、幕が下りても熱狂的な喝采は起こらず、客席全体が戸惑いを感じているような雰囲気であるのも事実である。感動して涙が浮かんでいる私は、鑑賞者としての自己満足なのであろうか。

(2006年5月27日 なかのZERO)

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