新国立劇場「さまよえるオランダ人」

「さまよえるオランダ人」を舞台で観るのは5回目になるが、昨今様々な解釈のワーグナー演出が潮流の中、私の場合、なぜかちゃんとした船が出てくる演出に当たることが多い。そういった中でも今回のオランダ船は、今までで一番幽霊船の感じが出ていて、不気味な雰囲気も十分であった。そういったことに代表されるように、今回の演出(マティアス・フォン・シュテークマン)はとても原則的なものであって、作品そのものを理解するうえでは至極正当な舞台である。正当な舞台であることを具体的に挙げていったところで当たり前の話になるだけなのだが、たとえば、序曲の間、一切幕を上げなければ幕に映像も投射しないというのは、いまや珍しく、かえって新鮮で気持ちのいいものであった。もちろん個人的には、納得できる処理であれば、序曲中に幕を上げたって構わないし、オランダ船が何か別の代物であってもいいのだが、表面的な処理しか施さない演出よりかは、今回のような正攻法の方がよっぽど音楽を楽しむことができる。上演形態も1幕のあとに休憩を入れるようにしていたが、舞台セットを見る限りは、全幕通しでの演奏も可能だと思われ、再演時にはまた違った余地を残しているのではないだろうか。

指揮(ミヒャエル・ボーダー)は、「オランダ人」らしい力強い音楽を聴かせてくれたが、力まかせに押し通すのではなく、作曲家の初期作品らしい情緒的な面の音楽もしっかり聴かせてくれた。そのことが一方で、ここぞという一撃に乏しかったのか、ごく一部に不満を覚える観客もいたようである。私はこういう音楽作りで良いと思うのだが。

音楽的に要となる合唱は、さすがにバイロイトなどの録音で聴くものには及ばないことは承知するものの、ダーラントの船員たちとオランダ船の船員たちが絡むところなどは、もう少し男声陣に補強が欲しいと感じた。技術的にはすばらしい合唱であったので、あとは量のみ満足できればより良かったと思う。

キャストは選りすぐった結果と思われ、総じて良かった。ゼンタ(アニヤ・カンペ)とオランダ人(ユハ・ウーシタロ)はこの役に慣れているのか、歌も安定しているし、風貌もそれぞれよく合っていた。また松位浩(ダーラント)と竹本節子(マリー)の活躍は、カレッジ・オペラハウスやアルカイックを知る関西出身者としては嬉しい限りである。

ちなみに衣装は私の好みではなかった。ダーラントの黄色も、ゼンタの水色も、それぞれのキャストには似合っていないように見えた。(但し、これは嗜好の問題であるし、それ以前に私の美意識が一般的でないのかもしれないから、大きな声では主張しない。)

                                             (2007年3月4日 新国立劇場)

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