劇場が好きな睡魔たち

 世の中にはいろんな悪魔が住んでいるが、日常生活にもっともよくあらわれるのが睡魔という悪魔である。こいつは、よく会議室や教室なんかに住んでいるが、劇場でも頻繁に見かける。オペラを上演している劇場にはまずまちがいなくどこかにひそんでいる。普段は冬眠でもしているかのようなのだが、劇場に客が入ってくると突然活動を始める。そして、少々疲れ気味の客を見つけるとっすぐさまそいつの頭に飛びついて、残っている元気を吸い取ってしまう。睡魔にとりつかれてしまったら最後、まぶたを開けるか閉じるかをめぐって、彼と壮絶な頭内バトルを繰り広げなくてはならないのである。

 どんなにオペラが好きでも、いつも万全のコンディションで観ているわけではないから、時として眠くなってしまうことがある。舞台がおもしろいかつまらないかも、もちろん多少の関係はあるが、やはりそれ以上に自分自身の体調や体のリズムの影響が大きいと思う。すばらしい演奏でも眠くなることもあれば、つまらなくてたまらない時に頭が冴えわたっていることもある。でも、せっかくチケット代を払って観ているのだから、眠ってしまてはもったいないと、貧乏根性が働いてしまう。この睡魔駆除、みなさんはどうしているのでしょうか。私もとりあえず対策をとっています。

 まず、眠くならなければいいのだから、劇場に入る前に予防線を張っておく。前日は夜更かしをして寝不足になるのはもちろん、逆に気合いを入れすぎて寝過ぎるのもかえって眠くなるもとになってしまう。当日はすこしでもいいから昼寝をすれば、その後はみちがえるように元気になる。劇場へ向かう電車の中でもいいので、とりあえず昼寝をすることだ。寝不足で昼寝もできずに劇場に入ってしまったのなら、最後の手段、席に座って開幕まで眠る。また、夜の公演よりも昼の公演の方が眠くなりやすいので、できれば夜の公演を選ぶという対策もとっている。

 オペラが始まって、突然睡魔が襲ってきたらどうするか。まずは歯をくいしばって気持ちを入れ直す。アメを口に入れてゆっくりなめるとしばらくもつが、強い睡魔にはあまり効かず、アメを口に入れたまま眠ってしまうこともある。オペラグラスを持ってきていれば、オペラグラスをのぞいたり外したりすれば、結構変化があって眠気がとれるが、これは前の方の席にいると使えない。あるいは、一旦、目と耳を舞台に集中させず、少しオペラとは別のことを考えてみるのもひとつの手だが、これも注意しないとその別のことを真剣に考え込んでしまってオペラを観ていることを忘れることもある。あとは思いきって大きなアクビをしてみることだ。但し、まわりの人の感動が崩れるので、気付かれないように。

 比較的弱い睡魔は休憩が入れば消えてしまうが、強力な睡魔は次の幕に入ってもまだ襲いかかってくる。しかもなぜか休憩中だけは襲ってこずおとなしくしているのだ。こんな手強い相手につかまったら、観念して一度本当に眠ってしまわなくてはならない。

 オペラの最中に隣の人が眠ってしまっても起こさないのが礼儀だというが、眠ると決めた以上なるべく他人に迷惑にならないように眠らなければならない。いびき(スースーというのもダメ)と、頭のフラフラがねければ、まず他の人の迷惑にならないだろう。ただ、とっても感動している横でたとえいびきをかいていなくても眠った人がいると興がそがれるので、嫌われてしまうことがある。要は、まわりの人に気付かれないようにこっそり眠ればいいのだ。

どんなに、強力な睡魔も、オペラがフィナーレにさしかかると、悪戯しすぎて疲れたのか、急にいなくなってしまう。開演からずっと睡魔と戦っていてオペラの中味をよく覚えていない気の毒な人でも、そういうわけで最後のところだけはしっかりした頭で覚えている。そして一方、睡魔たちは劇場の陰で、明日の獲物を狙うために、ひっそり英気を養っているのである。

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