英国ロイヤル・オペラ「椿姫」

NHKホールでの「椿姫」だし、あまり公演鑑賞に意気込みはなかったので、感想文もパスしようかと思っていた。しかし、ヴィオレッタの代役の代役騒動がおもしろかったので、書き留めておく気になった。

もともとチケット発売時にはヴィオレッタはゲオルギューの予定であったが、それは娘の手術とかで変更になっていた。これ自体は、心配で仕事どころではないのだろうから、まあ仕方がない。代役としてエルモネラ・ヤオが歌うことになったのだが、私は歌手については詳しくないので、このアルバニア人ソプラノのことをよく知らなかった。このよく知らないことも、公演への意気込みが並程度になる要因のひとつでもあった。

公演は、ロイヤル・オペラの責任者が出てきて、ゲオルギューの代役でヤオになったことについて、まず詫びてから始まった。登場したヤオは、見た目はそこそこ美形で体型もいいのだが、声が重たい。なんだか椿姫開幕の華やかさが乏しいように感じる。幕が進めばこの重さが効いてくるのか、それにしてもこれはバルカン特有の陰りのある声なのかな、などと思ったりしながら聴いていた。でも1幕最後のアリアは明らかに変だ。こんな変な歌をロイヤル・オペラが歌わすわけはないだろうから、何か不調なのかなと思える。オケも動揺している感じがする。1幕が終わると、これも動揺している客席の拍手に、ヤオは詫びるように頭を下げて退場した。どよんとした空気が幕間のホールに広がる。

2幕の開幕前に、再びロイヤル・オペラの責任者が出てきて、1幕のアリアが歌えなかったことから察しがつくように、ヤオはアレルギー性の病気でのため、2幕からは控えの歌手が歌うと、またお詫びが入った。客席は大ブーイングだが、ロイヤル・オペラの責任者は場をなごまそうとイギリス・ジョークで説明を続ける。(あとから考えると、ロイヤル・オペラ側としては、控えにも自信があったのかもしれない。)

その控えの代役は、まずこれもそこそこ美形で体型もよく、しかも若いので、ヴィオレッタとしての見た目は十分である。そして声が予想外にきれいでよく通る。しかも、(これは指揮者の指示なのかもしれないが、)ささやくような歌い方を多用しているものの、そのささやくような声がNHKホールの3階までしっかりよく通る。ホールが大きいから、大きな声で張り上げそうなものなのに、そんなことはせずに軽く歌いながら、しっかり聴こえるのである。他の役でもいいかどうかわからないが、ヴィオレッタとしてはとてもよい。そのうえ、この演出の舞台にもなじんでいる。歌だけでなく演技にも、急な代役とは思えない安定感がある。もしかしたら途中チェンジを予期していたのかも。公演後に配られた経歴によると、このソプラノはアメリカ出身のアイリーン・ペレスで、(例によって私は歌手に詳しくないので、よく知らないのだが)ヴィオレッタはベルリンやウィーン、ハンブルクでも歌っている。経歴だけだとヤオに比べて遜色がない。もちろんこれだけきっちり歌えれば、代役発表時には大ブーイングだった客席も、大喝采で終わった。

険悪になりかけたこの公演を、納得できる公演にうまくドライブして締め切ったパッパーノの指揮も、今日の聴き応えの大きなポイントのひとつでもあった。

2010年9月19日 NHKホール)

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