東京室内歌劇場「ゲノフェーファ」
20年ほど前の話になるが、当時数年間だけ存在していた「アンカリヨン」という月刊クラシック音楽雑誌の記事で、オペラを作っていなさそうで作っている作曲家としてシューマンとレスピーギが挙げられていたことを覚えている。実際の記事にはこの2人以外にも挙げられていたのかもしれないが、当時の私としてはシューマンとレスピーギにもオペラがあるということが「へぇー、そうなんだ」というような感じで興味をそそられた。今でもその時の気持ちを覚えているということは、意識の上ではこの両者のオペラということが強烈な印象だったのだろう。同時に、今では上演されないような作品なので、実際に舞台で観ることはないだろうと思っていた。
レスピーギの方は題名も忘れてしまったのだが、シューマンの方は、こちらも一旦は題名を忘れてしまっていたのかもしれないが、最近になって、ヨーロッパのオペラハウスの公演スケジュールなどで時々「ゲノフェーファ」を見かけるようになり、シューマンのオペラの題名としてしっかり認識するようになってきていた。
私は、もともとシンフォニーからオペラの世界に入ってきたので、シューマンの音楽は好きだし、そのオペラというのも、オペラ好きとしてだけでなくクラシック好きとしても聴いてみたいと思っていた。ただし、シューマンのほかの音楽作品から連想するに、多分オペラとしてはおもしろくなさそうな予感がするし、そう思うとなんだか「ゲノフェーファ」というタイトルからして重たそうな感じがしてくる。実際に音楽を聴いたこともない上にストーリーも知らないのだから勝手なイメージなのだが、世界的な上演頻度から考えてみても多分このイメージは当たっているような気がしていた。
今回は、舞台形式としては日本初演らしい。開演前に長木誠司氏によるプレトークがあって、とてもおもしろい作品解説のお話だったのだが、決しておもしろい作品だとは解説しなかった。19世紀のドイツ・オペラだからといってワーグナーのような英雄たちが登場するような期待をしてはいけないとか、登場人物は純情な人物でも純情さは徹底していないし、悪役も悪に徹底していなくて、それぞれ人物の性格の特徴が弱いとか話していた。(解説自体はおもしろいので、上演が楽しみになるようには仕向けていた。)
大したストーリーではないのでその内容はこの鑑賞記では省くが、本来は大団円で終わるところを、今回の演出(ペーター・ゲスナー)では少し深刻な結末にしていた。何も日本初演の舞台で結末をひねらなくてもいいのではとも思うが、もともと大したストーリーでもないので、結果的には多少のひねりもどうでもいいような感じがした。夫のジークフリート伯爵が戦争に出かけている間に、新妻のゲノフェーファが家来のゴーロに迫られ(このゴーロが準主人公だが、押しが弱く、ゲノフェーファへの迫り方もオペラにしては弱い。一方のゲノフェーファも夫ひと筋で拒絶するのはいいのだが、ゴーロの気持ちについては関心がなさすぎる。)、ちょっとしたことから誤解され家来や領民たちに処刑されそうになる。そこへ夫の伯爵が帰ってきて大団円。ストーリーを書いてしまったが、演出家はここで大団円で終わると、それこそこのオペラは大しておもしろくないとの印象を与えるとでも考えたのか、留守にしていた伯爵はめでたしの顔をしているが、ゲノフェーファには当惑したような振る舞いをさせて終わらせていた。確かに伯爵の留守中に誤解からとはいえ自分を処刑しようとしていた家来や領民たちが、まるで何もなかったかのように合唱しながら囲んでいることには、当惑と不安が出てくるのは当然だろうから、演出としては妥当かもしれない。
やはり多少の演出効果よりも、山下一史指揮の音楽の方が断然おもしろかった。物語の内容にしては、終始退屈しなかったのは、シューマンの音楽としてのおもしろさと、それを十分に楽しませてくれた演奏のよるところが大きいと思う。特に序曲や合唱は聴きごたえがあったが、アリアやほかのところでもシューマンらしい満足感の得られる音楽で満ちていた。私はまったくこのオペラの音楽を聴いたことがなかったのだが、十分に堪能できた。もっともこれは、当初からシューマンの音楽を聴けるということについてのみ楽しみにしていて、舞台としての期待は考えていなかったから満足できたのかもしれない。もし、オペラ好きでもイタリア・オペラが好きで、クラシック音楽(特にドイツ・ロマン派)を聴かない人なら、この公演をどう感じたのだろうか。重たく感じるのだろうか。
ドイツの大作曲家による唯一のオペラで、序曲や合唱をはじめとして立派な音楽にあふれているが、オペラとしてはもう少し物語の展開におもしろさがほしいな、となれば誰もが思い起こすのが「フィデリオ」であって、まさしくこの「ゲノフェーファ」は「フィデリオ」を観に行くときの期待感をもって臨めば、演奏のレベルによっては感動できるオペラだと思う。だから日本でも、頻繁にでなくてもいいから、時々上演されるだけの良さはあると思う。もしかしたら、シューマンが好きなオーケストラ好きとかピアノ好きが、オペラの世界に入ってくるきっかけになるかもしれない。
(2011年2月5日 新国立劇場中劇場)