新国立劇場「ドン・ジョヴァンニ」

アドリアン・エレートの演じるドン・ジョヴァンニは、私がこれまでに見たことのない甘いマスクのドン・ジョヴァンニである。若くて優しくて嘘をつかないような顔をしていて、どうみても悪い人には見えない。この人がアイゼンシュタインを演じたときも、この役のイメージを覆すような若々しさで新鮮だったのだが、同じような新鮮さが今回もあった。このような甘い顔で優しく迫られたら、私だったら間違いなく心臓がドキドキして許してしまうと思う。結婚式当日にツェルリーナの心が揺らぐのも大いに納得ができる。もっともこれは、私が性的魅力のない男性であるが故の印象かもしれず、ふつうの女性から見ると、甘いマスクなんかよりも、ちょっと悪くて強引そうな顔の男の方が、誘惑に乗るのも冒険感覚でドキドキするのかもしれない。

女声陣の中では、さすがにドンナ・アンナのカルメラ・レミージョが圧倒していた。若くて身体も小さいほうなのに、その雰囲気からは予想しないようなしっかりした歌が聴けて、この公演の格を高めていた。カーテンコールも、タイトルロールのひとつ前の扱いであった。

ドンナ・エルヴィーラのアガ・ミコライは、抑揚の大きな歌い方で、1幕の登場のアリアでは少し不安定な感じがした。しかし徐々に調子を上げ、2幕のロンドはすばらしく歌い切った。ツェルリーナの鷲尾麻衣は、ほかの女声が外国人の間にあって力強さの差は感じられたが、だからといって不満に感じることはない。演技は良くて、マゼットとドン・ジョヴァンニを行き来する気持ちがよく出ていた。

ラルフ・ヴァイケルトの指揮も楽しみのひとつだった。ヴァイケルトは力強くもなく叙情的でもないのだが、端正にしっかりとまとめてくれる演奏をする。無難で単調だということではなく、アクセントも適所にあり聴き応えもあって、私は好きである。大規模な作品よりは、モーツァルトやロッシーニでその長所が活かされてくる。今回も、ほんの少し遅めのしっかりした指揮ながら、3時間全く退屈することのない演奏であった。

ところがオケ(東京フィル)がその指揮に応えきっていない。いや、弦や木管は十分な演奏をしている。ホルンがどうしてもダメである。いつも新国立劇場の東京フィルはそうなのだが、どうにかならないものだろうか。歌手のソロとホルンが柔らかく絡むところで、ホルンが歌を台無しにしている。歌手に気の毒で、いっそのことほかの楽器で代用するか伴奏なしでもいいのではと思ってしまうほどだ。ホルンが目立つ箇所だけでなく、オケがトゥッティで大きく演奏する部分でもホルンだけがおかしく浮かび上がってくる。

演出はグリシャ・アサガロフで再演。過剰なセットは排して、人物の動きがその気持ちまで見えてくるような舞台。作品そのものの良さが再確認できる舞台である。

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