東京二期会「イル・トロヴァトーレ」

このオペラ、私はヴェルディの中でも結構好きな作品である。音楽も物語も気の緩めどころがなくて、「ナブッコ」や「椿姫」なんかよりもおもしろいと思っている。その一方で、実際の舞台では、これぞと思えるような納得できる公演に出会ったことがない。演奏にしても演出にしても、もっと劇的に上演できるのに、と思えるような公演にしか出会ったことがない。それもこれも、30年近く前の、コッソットなどが出演した藤原歌劇団の公演の印象が強すぎるのである。当時私は大阪に住んでいて、実際に劇場では観ていないのだが、すぐに教育テレビで放送され、それがオペラ初心者の私には衝撃的なヴェルディ体験となり、録画したVHSテープを何度も聴き返していた。私にとって「トロヴァトーレ」とは、そのような作品なのである。

今回の二期会公演は、話題の新鋭、アンドレア・バッティストーニが指揮するということで、かなり期待を込めて出かけた。そして、ようやく演奏も演出も満足できる「トロヴァトーレ」の生の舞台を観ることが叶った、という感じである。

舞台セットはほとんどない、というより、ない。(演出はロレンツォ・マリアーニ。)馬やジプシーの道具やベッドが、シーンに合わせて置かれるのみ。背後に大きな月(場によって白かったり青かったり)があってとてもシンボリックなのだが、どういう工夫か、その月が舞台の床には水面のように揺らいで映っている。セットはこれだけ。ほぼ真っ暗なこのセットが、キャストの演技を際立たせ、感動的な舞台運びになっていた。

いや、演出よりも演奏が一段と感動的であった。バッティストーニの指揮は、こう鳴らしてくれたらおもしろいのに、と私が思うとおりに鳴らしてくれて、聴いていてとても気持ちがよかった。特に最後の幕切れの後奏は、最大限に強く、そして少し長めにとって、聴いていて息ができないほどだった。最終幕では思いもよらず、涙が出るほどの感動であった。

キャストもそれに応えてみんなよかったのだが、特に女声二人のパワーが圧倒的で、男声二人(十分よかったのだが)が物足りなく感じるほど。

帰ってから改めて調べたのだが、冒頭に書いたコッソットなどが出演した藤原歌劇団の公演年は1987年で、なんとそれはバッティストーニの生年でもあった。

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