東京室内歌劇場「狂ってゆくレンツ」

 1952年生まれのリームが1979年に作曲したオペラ。少々詳しいオペラ辞典だと「リーム」の説明は載っているが、「狂ってゆくレンツ(ヤコプ・レンツ)」の説明はどのオペラ辞典にも載っていなかった。新国立劇場の図書室で日本語版のオペラ辞典を全て調べたが、オックスフォードを含めてどれにも載っていなかった。

 それだけならまだいいが、会場で買ったプログラムにも作品の解説が載っていない。立派な評論は載っているのだが、作品そのもののあらすじだとか音楽構成については全く分からない。こんなプログラムも初めてだ。あまりにもポピュラーすぎて作品解説を割愛するのならともかく、日本初演の作品なのに解説を載せないというのも、後々作品理解を深めるためには困ってしまう。或いは解説を載せないということは、作品自体の意図するところなのか。

 ツィンマーマンのオペラ「軍人たち」の原作者レンツが、このリームのオペラの主人公。詩人レンツが狂気の症状に陥り、自殺を図ったりするが、周りの常識人たちとの対話によりますます狂ってゆくという話。史実は少し違って、周囲の人たちの援助により一時的にだが狂気から脱していったそうだが、オペラ作品としての完成度を高めるために、そのまま狂気が深まる様を描いている。

 男声3人により話は進められ、これに6人のアンサンブル、及び4人の子供(男の子)のアンサンブルで構成されている。弦楽はチェロ3人のみで、管楽器とパーカッション主体の音楽。それと同時にチェンバロも含められていた。ベルクの「ヴォツェック」を更に発展させ濃密にしたような感じの音楽。

 休憩なしの1時間20分の舞台は緊張感がみなぎっていた。休憩が入ると張り詰めた空気がほぐれてしまいそうだし、これ以上長時間だと真剣に観ている方がちょっと狂ってしまうかもしれない。レンツ役の小森輝彦は本当に狂っているんじゃないだろうか思うほどの体当たり的な好演。若杉弘の指揮も寸分の隙もないほどの緊迫感があった。子供のアンサンブルも、児童合唱とかいうレベルでなく、立派に演技もこなしていて、この日本でよくこんな男の子を調達できたものだと感心してしまう。実相寺昭雄の演出も、日本初演だから他と比べようがないが、緊張感を保ちながらも流れを分かりやすくしていて、現代オペラの演出としてはとても良かった。

 こういった外国の現代作品が、非常に質の高い演奏で舞台にかけられることは、上演する立場の人ばかりでなく、オペラ鑑賞者としても貴重な体験である。

(3月28日 新国立劇場小劇場)

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