東京都民オペラソサイエティ「トゥーランドット」

 「トゥーランドット」は過去に名古屋と東京で国内のプロダクションを2回観ただけなのだが、なんといってもゼッフィレッリの映像のイメージが強烈なので、どんなにがんばっても胸のすくような感激は味わいにくくなってしまっている。普通はどんなにすばらしい映像でも生の舞台には負けるはずなのに、「トゥーランドット」は映像の印象が強すぎて私の頭はマヒしてしまっていて、ちょっとやそっとの舞台では物足りなさを感じてしまうようになっている。良くないことだと思う。

 過去2回の「トゥーランドット」ではそういうことを感じたので、3回目ともなるとある程度の覚悟はできてきて、オーケストラの迫力と舞台の絢爛さには期待せずに、他に何か感動できるところ、キャストの出来とか演出上のおもしろい解釈とか、をみつけることができれば十分だと思って観ることにした。それにこの東京都民オペラソサイエティは第1回公演の「ドン・カルロ」を観たことがあるのだが、その時はキャストはそれなりに良かったが舞台装置は質素だったので、予算配分の特色はあらかじめ大体予想ができている。

 トゥーランドットは下原千恵子、カラフは大間知覚、その他キャスティングはなかなかのもので、ほどよい力強さがあり、これは十分満足できた。少しだけ付け加えるなら、下原さんの低音にもう少し伸びやかなところがあってほしかったが、これは高音がすばらしかったから相対的にそう感じただけかもしれない。歌だけでなく演技も良くて、リュー(松田昌恵)の自害の場面は結構感動的だった。

 合唱も力強くて良かったのだが、弱音部に入ると力だけで押し通せなくなり美しさがなくなるのは、アマチュアの市民オペラだから仕方がないのだろうか。オーケストラもこれも力強かったが、パーカッションの一部とオルガンをエレクトーンに任せていた。パーカッションはいいとしても、せっかくホール据え付けのパイプオルガンがあるのだから、もっと(たとえば2幕の幕切れなんか)オルガンの音響の効果を出してほしかった。

 舞台装置は質素。質素ながらも抽象的なものには走らず、中国の雰囲気を出そうという努力は見えるが、質素さには勝てない。ただ、衣裳の方はきれいに作られていた。

 総合的に今まで舞台で観た「トゥーランドット」の中では一番満足できたが、それは私の頭がゼッフィレッリの映像の呪縛から解き離れつつあるからかもしれない。

(9月18日 新宿文化センター)

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