東京二期会「魔笛」

 実相寺昭雄の演出。時代も場所も限定しない階段だけの舞台と、目で楽しませる大掛かりな仕掛けで、斬新な演出になる材料は揃っていた。しかし、基本的な方向は、冒険プラス宗教的雰囲気を保った、伝統的な演出であった。最近では貴重なほど、極めてまともな演出だった。もちろん私がそう感じただけであって、実はひねった演出意図が隠されていたのかもしれないが、プログラムの演出ノートを読んでも特に明確なメッセージがあるとも思われない。舞台装置や仕掛けに独自な新しさはあるが、流れは保守的だと感じた。

 逆にいえば、とてもわかりやすい演出で、仕掛けもおもしろいことから、オペラを初めて観る人でも十分に楽しめる舞台になっていた。そして「魔笛」を既に知っている人にとっても、改めて気構えずに作品本来の楽しさを再確認できるような舞台であった。そういったところに、実相寺さんの「魔笛」に対する思いがあったのかもしれない。

 歌手はBキャストではあったが、おおむね満足というぐらいであった。そういったなかで、パミーナの佐々木典子が群を抜いて良くて、パミーナらしく見えたのには驚いた。これに続いて良かったのがパパゲーノの加賀清孝で、パミーナとパパゲーノが重なる1幕の後半はとても満足できた。

 天沼裕子の指揮は、今回の「魔笛」については特徴が見えなかった。もっとも今回の公演自体が実相寺の「魔笛」という位置付けが強く、指揮者の解釈が入り込みにくかったのかもしれない。

 純粋な「魔笛」の舞台だと、クライマックスのパパゲーノとパパゲーナの二重唱で必ず泣いてしまう。そして、最後の型にはまったおもしろみのない大団円は、二重唱で流した涙を乾かすために存在するのだと、私は以前から思っていた。しかし今回の公演では、二重唱で瞳の表面に潤んだ涙が予想以上に多くて、大団円で乾かすことができなかった。カーテンコールが終わり、泣きはらした目で会場を出るのは、とても恥ずかしいのだが、とても幸せになったからでもある。

(2月26日 東京文化会館)

戻る