新国立劇場「リゴレット」

 よく泣く私だが、「リゴレット」の舞台で泣いたことはない。今回で6回目の「リゴレット」で、なかにはボローニャやハンブルクの来日公演まで含まれていて、観てきた舞台が悪いわけでもないと思う。音楽は好きで、音楽だけなら「椿姫」より好きかもしれないが、「椿姫」で泣いたことはあっても、「リゴレット」で泣いたことはない。

 オペラに限らず物語は、登場人物の誰かに自分の気持ちを合わせられれば、共鳴しやすい。その登場人物は決して自分と似たような境遇でなくても構わない。自分と同性でなくてもいいし、自分よりはるか年上の役柄でもいい。その登場人物の本当の心が分かっていないのに、むりやり自分にあてはめて分かったつもりになっていても、それで自分の人生や生活がそのオペラを観る前よりひとつでも豊かになっていれば構わない。(場合によっては、自分の周囲にいる人間を登場人物の誰かにあてはめて、そういう人の気持ちを考えることもある。)

 そういう意味でリゴレットにもジルダにもマントヴァ公爵にも共感したことがない。もちろんスパラフチーレにもモンテローネにもマルッロにも共感したことがない。マントヴァ公爵の放蕩はこのオペラの主要ではないし、ジルダの自己犠牲もリューなんかに比べると差し迫った感がない。娘がさらわれた時のリゴレットの心情は察することはできるが、そのまま娘と立ち去ればいいのに一発復讐してやろういう考えの形成は今のところ共感できない。但し、この点は「今のところ」であって、自分が父娘という関係を得ているおかげで、将来「リゴレット」に泣ける余地はあるかもしれない。

 公演の感想に全然入らないが、もうひとつ別の話。今回のこの公演のチケットは、1週間前になっていきなり一番安いE席のチケットが手に入った。もちろん正規のルートで。ヌッチの交替によりキャンセルの受付はあったのだが、受付期間をしばらく過ぎてからのことである。このあたり劇場関係者もでないと、どういう仕組みになっているのか分からないが、オペラ鑑賞者のプロになったみたいな感じで、なんだかいい気分になった。

 お目当てのロストはやっぱり良かった。LDのツェルリーナの頃に比べて声も顔も澄んできているように思う。声質自体は以前の方が私の好みだが、舞台でジルダのような役を聴くには今の声の方が美しい。急遽代役のマントヴァ公爵、ベルトランも意外にいい声で、ロスト共々見た目にも若いので、1幕2場の逢引はオペラグラスに十分耐えることができていた。リゴレットのアガーケももちろん満足。指揮のパルンボは、以前にも関西歌劇団の「リゴレット」で聴いたのだが、一部緩急に気になるところはあるものの、劇的にはきっちりしていて盛り上がった。

 最後にまた公演とは関係ないことだが、帰宅後は1歳の娘相手にリゴレットごっこをやって盛り上がった。

(6月11日 新国立劇場)

戻る