新国立劇場「アブ・ハッサン」「オペラの稽古」

 何につけても、人生で一番最初に出会ったものの印象で好き嫌いが決まってしまい、それが嫌いだと思ってしまった場合、以後ずっと食わず嫌い状態になってしまうことがある。しかも、実はそれが大きな誤解で、たまたま最初の出会いがまずかっただけで、一度心を決めてもう一回付き合ってみると、これが意外に良くて、逆に好きになってしまうことがある。そういった例は私の人生や生活の上でもいろいろあるのだが、この場で具体例を列挙するのも憚れるし恥ずかしいので、オペラの面で一つ挙げると、「ランメルモールのルチア」に対する食わず嫌いがある。学生の頃に映像で初めて知った「ルチア」の印象が良くなかったものだから、その時点で私は即、ドニゼッティ嫌いになった。以後しばらくドニゼッティを避けていたが、逆に一番最初の出会いで好きになった歌手(ジュディス・ブレーゲン)が「愛の妙薬」に出演しているLDがあったので、妥協の上観てみたところ、とてもおもしろかったので、それからは「ドニゼッティのセリア」が嫌いと、範囲が狭められた。しかしそれも、「ファヴォリータ」の舞台を観て以来、「ルチア」のみ嫌いに限定されて、それからは変わっていない。「ルチア」への誤解が解けるのも、自分のことながら、時間の問題だと思う。

 あまり関係のない話が長くなったが、昨年の8月、横須賀で「魔笛」を観て以来、私は井上光という演出家が嫌いになっていた。現代の横須賀に舞台を設定したと思われるのだが、あまりのひどさに私は観ていながら腹痛をもよおしてしまった。その演出家によって「アブ・ハッサン」(ウェーバー)と「オペラの稽古」(ロルツィング)が上演されたのだが、私の大好きな新国立劇場小劇場での上演ということが優って、のこのこ出かけた。

 すると、とてもおもしろかった。もちろん、歌も演技もうまいキャストに恵まれたのが大きいのだろうけど、演出もとてもおもしろくできていた。オリジナルの設定にはこだわっていないものの、無理に現代風に処理するのではなく、センスだけ現代人に楽しめるように施されていた。ジョナサン・ミラーの「フィガロ」のような感じに楽しめたのだ。一気に井上光さんの演出に対する誤解が解けたばかりか、逆に好感がもてるようになってきた。実のところ、私は「アブ・ハッサン」も「オペラの稽古」もその存在は知っていたが音楽も話も知らない全くの無知だったために、「魔笛」のように自分なりのイメージを持っていなかったから、すんなり受け入れられた、という面もあるかもしれない。しかし、知らない作品をこれだけ思う存分楽しませてくれたのだから、少なくとも悪い演出ではなかったことだけは確かである。

 「魔笛」の時とは違って、カーテンコールでは、ジャケットにスニーカーをはいて出てきた井上光さんに偽りのない拍手を送った。

(12月23日 新国立劇場小劇場)

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