新国立劇場「ドン・カルロ」

 恋愛感情の機微を味わうとすれば、私はヴェルディの作品の中では「ドン・カルロ」が最も好きな部類に入るのである。恋愛ものとしては、「椿姫」とか「仮面舞踏会」とか、ほかの作品でもいいものがあるのだが、恋愛感情を味わうとすれば「ドン・カルロ」なのである。確かに「ドン・カルロ」そのものは中味が濃くて、いろんな物語的要素がてんこ盛りなので、恋愛もののオペラとはいえないかもしれない。歴史ものとしても十分に楽しめる作品である。

 その中で私が心惹かれるのは、当然ながらエリザベッタである。5幕版でフォンテンブローの森の場があればよくわかるのだが、エリザベッタはドン・カルロのことを相当好きなはずである。しかも熱烈な相思相愛なのだから、政略結婚に応じずに逃避行して、ニューオーリンズの砂漠でのたれ死んだ方が本望なくらいじゃなかったかと思う。しかし、そうはせずに、自分の気持ちを押し殺して、好きな人の父親とやむを得ず結婚してしまう。カルロへの感情を自らの心の中で否定しようとしているし、表面上は否定しきっているように見えるのだが、実のところは全然平穏な気持ちではいられない。その気持ちが、どうしてもにじみ出てしまう。バツ一の中年男と結婚してしまった若妻が、旦那が連れてきた前妻との若息子を好きになってしまって陥ちてしまう安物のドラマとは全然違う禁欲さが、かえって奥底にある熱情を感じてしまう。少し機微が違うが、マルシャリンやハンス・ザックスと通じる心情があるように思う。

 そういうことで、「ドン・カルロ」を観る場合、エリザベッタが気になってしまうので、エリザベッタ役の上手さが気になってくるところなのだが、今回の公演のパオレッタ・マッロークは容姿も声も申し分なかった。見た目にも不幸な若妻という感じで、雰囲気が私の捉えているエリザベッタと合っていて満足できた。対するフランコ・ファッリーナのカルロも引けをとらずなかなか良かった。一方、エボリ公女のバーバラ・ディヴァーは、歌は良かったが、本来エリザベッタ以上に美しいはずであるエボリ公女というイメージからすると、マッロークに負けているように見えた。(これには鑑賞者による個人差があると思うが。)日本人キャストの中では、ロドリーゴの堀内康雄が際立って良くて、カルロのファッリーナに全然引けをとらなかった。

 装置や演出は、ルキーノ・ヴィスコンティの古い舞台を、アルベルト・ファッシーが改めて演出したもの。したがって伝統的で見応えのある舞台ではあるが、私としては思い切って現代社会に置き換えた方が、物語の歴史的背景から開放されて、エリザベッタの恋心も、権力の対立も純化されて際立つと思うのだが、さてどうでしょう。

(2001年12月8日 新国立劇場)

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