新国立劇場「シャーロック・ホームズの事件簿・告白」

 思わせぶりなタイトルだが、推理小説オペラというよりは、心理オペラといった内容の作品である。もちろんホームズ探偵の推理に至る過程がオペラの大半を占めているのだが、推理そのものは大きな意味をもつものでなければ、またさして興味をひくものでもない。タイトルロールのホームズ自身の役割も物語を進めるのみである。

 作品の核心は、ロシア革命前夜の革命家たちの行動とその心情の告白にあるのだが、物語の背景が少々分かりにくい。過失的な殺人事件と物語の背景との関連もとってつけたような感じで、有機的なつながりはない。主催者もオペラの舞台だけみても背景が分かりづらいと懸念したのか、プログラムに載っているあらすじとは別に、当時の社会状況の背景をコピーして配っていた。しかしまた、この別紙コピーの背景説明も、ある程度の世界史を知っていなければ理解しづらいものであった。実は私は、今回の公演、諸般の事情で2回観ることになったのだが、1回目のときは舞台を観ながら、どうしてこの人たちはこんなに心苦しめているのだろうと、いっしょうけんめい考えるだけで終わってしまって、2回目でようやく登場人物の心痛が理解できて、心情告白の表現のすばらしさを堪能することができたのである。最初はとまどって理解しづらい作品であるが、背景をのみこんでしまうと、味わい深さが出てくる作品である。

 そのあたりは、音楽からも感じられる。推理探偵っぽい音楽も聴かれるが、根底にあるのはシベリアの荒涼とした収容所を連想させる、閉塞的なテーマである。ロンドンを舞台としていながら、そしてシャーロック・ホームズを題材としていながらも、音楽を聴いているとドストエフスキーな重苦しい雰囲気にさせてくれる。このとき気づいたのだが、3年前に新国立劇場で初演された原嘉壽子さんの「罪と罰」は、この「シャーロック・ホームズの事件簿・告白」をよく聴いたあとでなければ、本当の味は分からなかったのではないだろうか。当時の私は原さんの作品といえば「よさこい節」や「那須與一」といったものしか知らず、それらの親しみやすさからはちょっと違った新作だったので違和感があったのだが、今になってもう一度じっくり聴いてみたいと思えてきた。

 勝手なことを言わせてもらえれば、タイトルはシャーロック・ホームズを外して、副題の「告白」だけにした方が中味とマッチしている。謎解きの楽しさはないのだし、「告白」という題だけにして、進行役でホームズ探偵が登場しているという感じの設定がおもしろいと思う。でも「シャーロック・ホームズの事件簿」とくれば集客効果は多少はありそうなのも事実である。

(2002年4月27、28日 新国立劇場小劇場)

戻る