新国立劇場「カルメン」

 一番びっくりしたのは、エスカミーリョの登場であった。びっくりしたというよりは失笑した。私が今まで観てきたエスカミーリョの中で一番エスカミーリョらしくなかった。市民オペラなどでは、エスカミーリョになりきれていないエスカミーリョというものにはたまにお目にかかる。しかし、今回のジャンフランコ・モントレゾールの演じるエスカミーリョはどこから見てもエスカミーリョでないのだ。ドン・キホーテのようにひょろっとしていて、髪もへんてこだ。国籍不明のいかさまマジシャンといった様相である。「トレアドール!」と叫びながら、帽子から鳩でも出しそうな勢いであった。カルメンが惚れるとは考えられない。声も喜劇的だと思うのだが、イタリア各地でエスカミーリョを歌っていて、これからヴェローナでも歌うそうだから、この違和感は私の個人的な感想なのだろうか。

 エスカミーリョほどではないが、ウラディーミル・ボガチョフのドン・ホセも見た目がドン・ホセではなかった。目つきといい体格といい、ロシアの軍人そのものである。まあ、ドン・ホセもセビリアの軍人ではあるし、声や演技には違和感はなかったから、こちらはこれでも悪くはない。第3幕でのドン・ホセとエスカミーリョの決闘は、ロシア軍人といかさまマジシャンの格闘のようで、このシーンだけ見せられたら「カルメン」の舞台だとはにわかに信じがたいものであった。

 アンナ・マリア・キウリのカルメンも、ジプシー女ではなく、イタリア娘の雰囲気そのままであった。しかし、まだ若い歌手らしく、今回がカルメン初挑戦というだけあって、意気込みはカルメンになりきっていて、なかなか良かった。手馴れた演技というものではないが、自分の思っているカルメンらしく振るまっていた。ジプシー的魅惑はないが、ラテン的な魅惑には十分足りていて、ロシア軍人が一目で恋におちる様は、それなりにしっくりくる組合せであった。いかさまマジシャンに惚れるようには、どう見ても見えないが。

 ジャック・デラコート指揮の音楽が、今回の公演の成功の最大の要素だったと思う。私がこれまでに聴いた「カルメン」の中でも最も良くまとまっていたと思う。緩急自在に扱いながらきっちり締まっていた。東京フィルも、テクニック的に満点ではないにしても、よく指揮に応えて響いていた。

 演出や美術は、ところどころにアイデアが見られセットは精巧だが、全体として見ればほぼふつうの「カルメン」。刺されたあとカルメンが闘牛場の中に駆け込んでも誰もいないとか、意味深なのか単なる劇的効果なのか、私にはすぐには分からなかったが、おもしろくできていた。一番個人的におもしろかったのは、第2幕のカルメンが純白の衣裳だったことだ。これは設定読み替えでもない舞台としてはかなり珍しい。黒や赤の衣裳よりカルメンの肥え具合が顕わになり、尚且つ魅惑的に見せるという失敗すれすれの効果だった。

(2002年6月15日 新国立劇場)

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