新国立劇場「椿姫」

 公演の感想というものは、キャストや指揮や演出や装置なんかが全て総合された結果として、期待以上とか期待外れとか、最後に結論が出るわけなのだが、幕開け直後の最初の印象も、最終的な感想に向けての大きな一要素になると思う。ここでいう幕開け直後というのはカーテンが上がる前の序曲なり前奏曲なりあるいは短くても序奏なり、つまり指揮者とオーケストラが奏でる音楽が一番最初の印象となってしまうのである。例えば前回6月の新国立劇場の「カルメン」の公演は、デラコートの指揮する前奏曲が今まで私が聴いてきた「カルメン」より遥かに良くて、いきなり舞台にグイっと引き込まれたのであった。もっとも、その後のエスカミーリョなどのキャストの違和感から、公演全体の感想はいくらか下方修正される結果となったのであるが。

 今回の「椿姫」の指揮はブルーノ・カンパネッラ。しかし、デラコートの時とは対照的に、まず最初の前奏曲がどうも私の好みに合わなかった。カンパネッラの名前は聞いたことはあっても、その指揮を聴いたのは初めてだったが、なんか豊潤さというか奥深さというかそういうものが物足りなく思えて、前奏曲だけで泣かしにかかるような雰囲気ではなかった。あとからプロフィールを見てみると、ベッリーニやドニゼッティが得意みたいだから、声に対しての伴奏としてはいいのかもしれない。でも、私の心をグイっと引き込む前奏曲からは遠かった。

 演出はルカ・ロンコーニ。こちらはLDで演出を2作品観たことがあって、いずれも私の好みではなかったので、さほど期待はしていなかった。でも興味はあった。結果、装置をレールにのせてスライドさせる手法は、確かにおもしろく興味はもてた。でもやはり、それは見た目であって、演出としては私の好みではなかった。

 そのような指揮と演出で、出だしの印象は満点ではなかったのだが、キャストの良さがそれらを凌駕した。なんといってもインヴァ・ムーラが最高であった。声がいいだけでなく、確実に歌で感動させてくれる。指揮者の要求に応えながらもきっちり自分の感情で歌っているという感じだ。(もしかしたら、そういうふうに歌わせる指揮がカンパネッラの本領なのだろうか。)それに歌だけでなく演技もいい。容姿も悪くない。なかなか泣ける。(今回はなぜか私のまわりの席は泣いている男が多かった。)ムーラのアリアを聴いただけでもチケットを買っただけの価値はあった。

 その他ジェルモンの牧野正人も良くて、外国人キャストの中に入っても全然レベルに差はない。むしろアルフレードのヴァルター・ボリンがインヴァ・ムーラと牧野正人の間で多少聴き劣るかなという感じであった。

 前奏曲での危うかった私の印象も、ムーラのひと声で上方修正され、公演全体の感想も満足いくものになった。

(2002年9月14日 新国立劇場)

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