新国立劇場「アラベラ」

 風邪でもないしインフルエンザでもないし(と思うのだが)、どういう理由だか分からないが、目が覚めると発熱に襲われていた。しかし今日はアラベラのチケットを買ってある。キャストよりも演出よりも(指揮者は気になるが)何よりあの舞台転換をもう一度観てみたい。昨日までは元気だったし、今だって意味不明の熱がある以外は何でもない。そう思っているうちに再び眠りについた。また目が覚めた。確かに眠い。それだけだ。外は春のように暖かい。よし行こう。

 しかし眠い。電車ではぐっすり眠った。劇場に着くなり、せっかく買ったプログラムも開かずに席でひたすら眠る。不思議なもので指揮者登場と共に目が覚める。上演中は眠くならない。休憩時間はまたひたすら眠る。また指揮者が出てきて目が覚める。体調良好な時でも眠くなることがあるのに、なぜか今日は演奏中に限って眠くならない。

 新国立劇場の「アラベラ」は2幕と3幕の途切れない音楽の中での舞台転換がすばらしい。ただ単に舞台機構のテクニックと迫力を見せつけるのではなくて、見た目に美しい転換なのだ。前後の幕の芸術的感動が舞台転換の技術的感嘆で分断されるのではなく、舞台転換も前後の幕と一体化しているのである。初演のときは光と影にまみれた転換の美しさに思わず唸ってしまった。もう一度それを観たかった。今回は初演の時とは少し趣向の違う転換にしていたのではないだろうか。前回の時との席の違いで見る角度が変わっていたり、私の記憶の不十分さもあるだろうから、本当に違うのか一緒だったのか断定できないが、とにかく私には違うように感じた。前回が光と影の美しさであれば、今回は幻惑的な美しさの中での転換に見えた。美しいことには変わりない。前回は唸ったが、今回はあっけにとられた。客席全体もあっけにとられている。舞台転換なんて、いくら音楽がなっていても多少ざわつくが、観客全員が難曲アリア以上に静まり返ってあっけにとられていた。

 私は初演のときの感想文にも舞台転換のことしか書かなかったのではないだろうか。「アラベラ」そのものについてはズデンカのやり方を男がやったらどういうことになるのか、とかいろいろ気になることはあるし、今回の公演についても若杉弘の完全な指揮とオール日本人キャストでR・シュトラウスの世界を作り上げたすばらしさなど、他にも感想は多々あるのだが、熱をおして来た目的は舞台転換であった。

 帰りの電車は降りる駅がどこであろうが構わないぐらいに眠った。そして翌日には熱は元に戻っていた。

(2003年2月8日 新国立劇場)

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