不可知論


agnosticism

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作成日 2002/6/1

「世界の認識可能性を否認して、人間は意識から独立した客観的実在については、なにひとつ確実なことは知りえないとする反唯物論的主張。近代における代表者は、ヒュームとカントで、両人の見解は不可知論の二つの型をしめしている。ヒュームは、人間の認識がもっぱら印象と観念だけでなりたっている以上、それのそとに客観的実在があるかどうか知るわけにはいかない、とする。カントは、意識のそとに<物自体>が存在することは承認するが、そのほんとうの姿は人間には認識できない、とする。弁証法的唯物論はこうした不可知論を実践の見地に立って反駁する。ヒューム型にたいしては、<プディングが存在することの証明は食うことのうちにある>と主張し、カント型にたいしては、人間がある認識にしたがって<ある自然現象を自分じしんでつくりだす>ことに成功してしまえば、この認識が主観的な思いこみなどではなくて当の現象についての客観的認識であることが証明されたことになる、と主張するのである。 現代のブルジョア哲学もひきつづき不可知論の立場にたっているが、自然の認識可能性を疑ってみせることはさすがにまれで、ねらいはもっぱら、資本主義から社会主義への世界的規模における移行という現代史の基本的発展法則の存在と、その認識可能性を否認することにおかれている。これを決定的に反駁するのは、やはり実践である。」
                               
哲学辞典 森 宏一編集 青木書店 より




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