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作成日 2003/1/18

「1)弁証法的唯物論では、理論が客観的対象とその発展法則とを正しく反映した真理であるかどうかを物質的生産や科学的実験や階級闘争などの実践を通してたしかめることをいう。2)論理実証主義ないし論理的経験主義では、ある命題が有意味であるかどうか(真か偽か、ではなくて)を経験的にたしかめることをいう。<経験的にたしかめる> とは、目で見たり手でさわったりして━感覚器官にたよって━しらべてみる、ということである。たとえば、<これこれの時刻にこれこれの地点に、1台の赤い自動車が駐車している>という命題は、その時刻にその地点へいってみればだれの目にもたしかめられるから、有意味な命題である。じつは、厳格にとれば、個人の直接体験のそのつどの表現であるような命題(たとえば<いま、ここに、赤!>)だけが有意味なものということになるが、こうした唯我論では公共的知識としての科学について論じるわけにいかないから、上のような時空座標と<もの>をあらわす語とを用いる物理主義(physicalism)の立場にたつ命題が、 科学的な知識の体系の基礎にすえられるもっとも簡単な有意味の命題としてほぼ合意されることになった。そこでこれ以外の命題の検証とは、当の命題をこうした基礎的命題(<観察命題>とか<記録命題>とか名づけられた)へ還元することにほかならなくなる。いいかえれば、相互に矛盾しあわない有限個の観察命題から論理的に帰結される命題だけが、検証された有意味な命題だ、ということになる。ところが、これでいくと、全称命題(→全称判断)の有意味性をいうことができなくなり、したがって法則命題を科学から排除しなければならなくなってしまう。この難点(ほかにもあるが、省略する)を避けるために、いろいろな有意味性の基準が提案されたが、問題の解決はえられていない。」

哲学辞典 森 宏一編集 青木書店 より




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