午後の授業
ここでは何故私が宮沢賢治作品を愛するようになったのか、その理由を記しています。
はっきり言ってこのホームページで一番面白くないところです。(笑)
「面白くないのは嫌だ」という方は読み飛ばして次に進む等して下さい。
1.何故か文芸部に・・・(余談)
中学を卒業した私は高校(高専)に進み、学生寮に入りました。
入学時、クラブは幼い頃から続けていた「軟式テニス部」に入ったのですが、入学3年め
で寮を出て自宅から列車で通うことになり、これでは運動部を続けるのは無理、というこ
とで入ったのが「天文愛好会」(別名:未成年夜遊び愛好会)。
ちゃんと真面目に星を見たりもする(もちろんそのために入った)のですが、夏の海で
は花火やスイカ割り(夜中に)、山では警察に「おまえらデバガメか」と尋問されたり婦
女暴行犯捜査現場に居合わせたり、また学園祭では前日準備と偽って教室でホラービデオ
を見たり、となかなか楽しいクラブでした。
そんな時、ある女子部員から「廃部になりかけている文芸部に入って掛け持ちするの」
と聞いた私は、「あ、面白そうだから俺も入る」とその場で決断、何も考えずに文芸部に
入ってしまったのでした。
2.選択科目「文学」
殆ど廃部に近い状態から再生した新生文芸部。その顧問教官が文学の相原先生でした。
その相原先生が選択科目「文学」で宮沢賢治の授業をされる事を知った私は、かねてか
ら興味のあった宮沢賢治の授業であり、また先生の楽しい冗談が拝聴できる事を期待して
文学を選択したのです。
この授業は「童話を読むとともに作者である賢治の生涯を知る」というものであり、
賢治の童話の影にある背景として次のようなことを知ったのでした。
(1)童話の多くがその出生の地である岩手県(特に花巻周辺)に根差した物であり、賢
治が故郷の人々、自然や気候を深く愛していること(ただし、気候についてはその
逆の場合もある)。
:「風の又三郎」他
(2)家業(質屋)に対する嫌悪感から来る父親との確執,その被害者でもある農民や労
働者を救いたいという気持から農民になろうとした(さらに農民を変えようとした)
が失敗したこと。(羅須地人協会)
(3)国柱会の影響から法華文学を目指して童話を書いたため、また知人の死に影響され
てか、その作品中には死の要素や自己犠牲の精神(少数の死で多数を救う)が入り
込んでいる物がある。
:「銀河鉄道の夜」「グスコーブドリの伝記」「ひかりの素足」他
(4)当時の先端科学や流行に興味を持つ、いわゆる「新しい物好き」であったこと。
また鉱物や星を愛し、その専門的な知識が作品中に出ていること。
:「銀河鉄道の夜」「楢ノ木大学士の野宿」他
(5)作家であると共に科学者であり農民であり芸術家であり宗教家であろうとしたこと。
(人間はどの方向に偏っても良くなく、マルチであるべきという思想を実現しよう
と努力したが・・・)
(6)多くの作品を残したが、生前は殆ど評価されず、若くして病死した後にその多くが
出版・再評価されたこと。
「作者を知った上で作品を読む」という手法は宮沢賢治の作品を理解する上で絶大な効
果があり、この手法によりさらに賢治作品を読む事が楽しくなります。(実はこの後、
私は同様の読み方で太宰治の作品を読むようになるのですが・・・)
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