熱く重苦しい「気」が辺りに充満している。 その源は五行衆筆頭金剛の大日剣。 相手に対する侮りを捨てた金剛がその全力で、 ただ大神一人に挑みかかって来ている。 もちろん、それを黙ってみている花組ではなかった。 金剛の行く手を遮るべく、あの手この手で攻撃を仕掛ける。 だが金剛はそのことごとくを叩き伏せながら真っ直ぐに進む。 金剛の剛剣を大神が十字受けに受ける。 大神の足下の大地はその衝撃を支えきれずにクレーター状に陥没する。 左手一本で金剛の太刀を支えながら、大神の右手が一閃し金剛の脇腹を捉える。 ダメージを受けながらも踏ん張る金剛の右足もまた地面に陥没する。 「へへっ、楽しいぜぇっ!こんなに俺を楽しませてくれるとはよ。 礼代わりに楽にあの世に送ってやるぜっ!」 再び金剛の嵐のような攻撃。 大神はその悉くを受けきり攻撃に転ずる。 左上段から右中段のコンビネーション。 金剛は上段を襲う太刀の腹を右の掌で払うと中段を左の太刀で受ける。 大神が再び間合いを取る。 二人の間にはぴんと張りつめた空気がある。 何者も入り込めないような結界が張り巡らされているようだ。 その時さくらが動いた。 金剛の懐に入り込み桜花霧翔を放とうとする。 が、金剛の動きはそれよりも速かった。 さくらが構えに入った瞬間にはもう太刀をさくらの頭上に振り下ろしている。 大神が霊力による「絶対防御」でさくらをかばいに入る。 だが、金剛の「気」の影響なのか「絶対防御」は働かなかった。 金剛の一撃がまともに入り、大神の機体はかなりの損傷を受ける。 「こんな形で終わるのは残念だがよ、死になっ!」 金剛の必殺の一撃が大神を襲う。 これを見たカンナが二者の間に割って入る。 全ての力を振り絞った拳の一撃。 だが、金剛はそれを読んでいたかのように体を入れ替えながら、 大神に襲いかかる。 大神はとっさに前に出る。 だが、受けたダメージとカンナの機体が前にあるために思い切った動きが出来ない。 金剛の機体と大神の機体が交錯する。 すれ違った二つの機体は同時に膝をついた。 相討ち。 「へ、へへっ、やるねえ。お、俺としたことが勝ちを急ぎすぎたようだな。 く、今回はこれが限界のようだ。また会おうぜ」 金剛機が撤退する。 だが、大神機からは反応がない。 思い切った動きが出来なかった分だけダメージは大神の方が大きかったようだ。 傷ついた大神の身体を翔鯨丸に運び込むと、花組は重苦しい気分で帰投した。 大神の傷は治療ポッドを使うほどのものではなかったがかなり重い。 大神のために何も出来なかったことを花組全員が悔いていた。 その中でも大神の怪我は自分が不用意に動いて両者の均衡を崩した所為だと、さくらは、あれからずっと大神に付き添っている。 大神を心配する気持ちを真っ直ぐに表している。 焼き餅も献身も愛情も真っ直ぐに表す。 さくらがそういう娘であることは誰もが知っている。 だから、一心に大神を看病するさくらには誰も口をはさむことが出来なかった。 そしてもう一人。 上段突き。 回し蹴り。 後ろ回し。 中段突きから下段突きのコンビネーション。 「あたいの所為だ。あたいがもっと強ければ、あたいがあの時金剛に一発当てることが出来さえすれば、隊長は・・・」 カンナは自分を責めるかのように、過酷な鍛錬をしている。 昼も夜も舞台の稽古のない合間を見つけては、鍛錬室にこもっていた。 「もっと強く、もっと強くなりたい。大事な男を守れる強さを持ちたい」 そんなある夜。 カンナは、いつものように傷によく効く自家製の塗り薬をさくらに届けるために、 大神の部屋のドアの前に立った。 ドアが薄く開いている。 何の気なしに中を覗いてみる。 「さくらくんのおかげで傷も大分よくなったようだよ。 本当にありがとう」 「いえ、ただ無我夢中でやってただけですから。傷が良くなったのは大神さんの生命力ですよ」 「でも、寝てないんだろう?ずいぶん顔色が悪いよ。 さくらくんまで倒れちゃったら元も子もないからあまり無理しなくても良いよ」 「………」 「どうしたの、さくらくん?」 「………あたしは大神さんの事が好きです。 大神さんにもしもの事があったらあたし………。 だから少しくらい眠らなくても平気なんです」 「………さくらくん」 「………大神さん」 大神の手がさくらの肩にかかる。 さくらの身体が大神の方へ倒れていく。 二人の顔が近づく。 そしてゆっくりと唇が触れ合う。 「………!」 吸い寄せられるようにそれを見ていたカンナは慌てて目を逸らした。 足音を殺して戸口から離れると、あとは鍛錬室まで駆けに駆ける。 胸が何かの力に締め付けられるようにきゅうっと痛む。 息が出来ない。 涙がにじむ。 あふれる。 流れる。 流れる。 流れる。 ……… ……… ……… ……… ……… ……… どのくらい時間が経っただろう。 真っ暗闇の鍛錬室でカンナはぼんやりと天井を眺めている。 涙の跡が目の回りに張り付いている。 「しょうがねえよな。さくらはいい奴だし、何よりも隊長が選んだんだからよ。 ………………よっ!」 身体に反動をつけて立ち上がる。 目のまわりにわずかに残った涙の雫を手で拭う。 「だけど自分の気持ちに嘘はつけねえ。あたいは隊長が好きだ。 隊長があたいにとって大事な男であることにはなんにも変わりがない。 だから隊長はあたいが守る。 いつも隊長より前で戦う。隊長には敵を絶対近づけさせない。それでいいじゃないか。 愛し方は人それぞれ、こんな愛し方があってもいいよな。 ……… へへっ、しかし参ったよ。 こんなとき、本当に胸って痛くなるもんなんだなぁ」 カンナは右の手を胸に当てながら少し俯いて寂しそうに笑った。 それからの花組の戦いには常に最前線で戦う機体があった。 軽やかに戦場を駆け、豪快な突き、蹴りを叩き込む赤き機体。 霊光をほとばしらせ、鬼神のような働きを見せるその姿は、 舞い踊る赤い花びらのようだった。 戦場に咲く赤き愛の花。 その名をカンナという。 (了)
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