港につくと大騒ぎが起こっていた。 「どうかしたんですか?」 「いや、どうもこうもないよ。 なんだか突然あらわれた男の子がフランス行きの船に乗せろって言うから、 今日はそんな船は無いというと、急に暴れ出しやがったんだ。 それが華奢なくせにエラく強ええんで参ってるところさ。 あんたら知り合いかい?」 「ええ、多分」 「だったら早く止めてくれよ」 「分かりました。行くわよ、みんな」 「レニ!止めなさい。一体どうしたっていうの?!」 「うるさい、ボクはパリへ行くんだ。邪魔するな」 レニの蒼い瞳の中に、炎の煌めきがある。 何かに憑かれたような眼だ。 「仕方ねえ、あたいが止めてやる」 「待って、カンナ。あなた、今のレニを無傷で止められる?」 「それは・・・」 「あなたとレニの技はどちらも剛の技だわ。同種な物がぶつかり合えばどちらかが傷つく。 ここは私が行くわ」 「マリア、だってお前さん、格闘技なんて」 「大丈夫、まかせて」 マリアはレニの前に進み出る。 「レニ、止めなさい。気持ちは分かるけど、こんなことをしても何にもならない わ」 「うるさい、邪魔するな」 レニの脚が高く跳ね上がり、飛び上がりながらマリアの頭上を襲う。 二人の身長差を考えると信じられない跳躍力だ。 だが、マリアは軽くそれを受け流すと体を入れ替えレニの脚を払う。 レニは身体を一回転させて、受け身を取り素早く起ち上がる。 レニは重ねて攻撃をしかける。リーチがない分、脚技主体になる。 マリアはそのことごとくを受け流している。 「・・・!」 じれたレニは大振りの後ろ回しを放った。 マリアはその動きに会わせてレニの後ろを取っている。 振り向きざまの裏拳。 しかし、それを読み切っていたマリアは拳の勢いのまま受け流す。 レニの身体が流れたところを、マリアの拳がレニの水月を突き刺した。 急速に意識が遠のいていく。 「・・・隊長に・・・あいたい」 崩れ落ちるレニを抱き留めるマリア。 「レニ」 砂漠を独り歩いていた。 少し前方に人々の影が見える。 追いつこうと足を速めるが、 人々はどんどん先へ行ってしまう。 やがて、人々は砂になって崩れ去ってしまった。 それでも歩き続ける。 また、前方に人影が見える。 隊長だ。一心に前に向かって歩いている。 ダメだ、隊長。そっちへ行くと砂になってしまう。 必死で足を速めるが、追いつかない。 その時、前方の人物が振り向いた。 顔はよく分からない。 ただ、その瞳の碧だけが印象に残った。 目を覚ますと碧の瞳が見つめていた。 「大丈夫?レニ」 「マリア・・・」 「夢だったのか」 「ずいぶん、うなされていたわよ」 「うん・・・。怖い夢だった」 「そう」 「マリア、ここは?」 「私の部屋よ」 レニはようやく現状を認識したようだ。 「ごめん、マリア。ボクはどうかしていた」 レニは何かを言おうとして、逡巡している。 だが、やがて躊躇いがちながらも口を開いた。 「あの芝居。お七が吉三郎に初めて出会うところ。 あの時のお七はボクだと思った。人にはぐれて独りぼっちのボクだ。 隊長に出会わなかったらそんな風には思いもしなかっただろうけど」 「・・・」 「だけどボクは隊長に出会った。隊長はボクを独りぼっちの 暗い場所から助けてくれた。だから、吉三郎と隊長が 重なって見えた。そして、お七とボクが」 「お七が、吉三郎に会えなくなって苦しむ場面、 そして、会いに行こうとして会えない場面を 見てるとすごく苦しくなった」 「だから、お七が家に火を放つ気持ちがすごく分かって 怖くなった。ボクもあんな風になってしまうのかって。 そう思うと、とにかく隊長に会いたくなった。 隊長ならきっと、こんな気持ちを静めてくれる。だから・・・」 レニはシーツを握りしめている。 「ごめんね、レニ」 「え?」 「あのお芝居ね、私が台本を書き換えたの。 あなたの言うのは当たっているわ。 吉三郎は隊長をイメージして書いたのよ」 「私は昔、とても大切な人を失くして人を愛することが できなくなっていたの。今思うと、とても寂しい事ね。 そんな私を救ってくれたのが今の隊長だったわ。 だから、出会いの場面は私の思いでもあるの」 「吉三郎が指に刺さった棘を抜いてくれる場面。 あれもそう。大切な人をなくしたとき、私は自分のせいだと思った。 自分の油断があの人を殺してしまった。 そんな悔恨が私の心に固く刺さっていたわ。 そのせいで、誰にも完全に心を開くことが出来なかった。 隊長は、そんな私の心に刺さった氷の棘をやさしく、 でも力強く抜いて溶かしてくれた」 「私も隊長に会いたい。だから、この芝居を選んだの。・・・吉三郎を演じるとき、私は隊長を思い浮かべていたわ」 そう言ってマリアは胸のロケットを握りしめる。 少しの沈黙。 「ボクらは少し似ているね」 「・・・そうね」 「マリアの中にも炎があるんだね」 「ええ」 「・・・ありがとう、色々話してくれて」 「でもね、ボクは負けないよ。隊長は渡さない」 「ふふ、私も譲るつもりはないわ」 蒼の瞳と碧の瞳は、互いを見つめた。 蒼は碧に溶け、碧は蒼に溶け合い やがてそれらは微笑みの色に変わった。 (了) #(注意) # #「八百屋お七」の話は、巷間伝えられているものに脚色しまくってます。 #これが、「八百屋お七」の話だと思わないで下さい。 |