花組が王子で苦戦している頃、マリアは真っ暗なコックピットの中にいた。 目を閉じ、静かに気の高まりを待っている。 射撃で標的を狙う時よりもさらに高度な集中力を要求される。 胸のロケットを両手で抱くように握りしめている。 ただ大神のことを想っている。 出会い、対立、和解、別れ。 様々な思い出が蘇る。 優しい笑顔、厳しい顔、間の抜けた顔。 色んな大神の表情が脳裏に鮮やかに映し出される。 だが、霊力は戻らない。 「私の隊長に対する思いは、こんなものだったの?」 マリアの目に涙の雫が盛り上がり、やがて静かにこぼれた。 その時、「ぶん」という低い音と共にコックピットに光が点った。 そして、次々とインジケーターが点灯してゆく。 「起動した!!!」 極度の集中による緊張からの涙による緩和。 それが霊力の呼び水になったのだ。 「翔鯨丸、全速前進。王子より3kmの地点でマリア機を射出する」 「「「了解」」」 「マリアさん、さっきのように操作すれば大神上空まで 無音で行く事が出来ますよ。やや早めに飛び降りることを忘れないで」 「ありがとう、加山隊長。ご協力感謝します」 「いや、二黒会の動きをつかみきれなかったのは私の責任です。 それに大神は友達ですから。 マリアさん、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ですよ。 では、グッドラック!」 「ありがとう、マリア・タチバナ行きます!」 マリアの光武・改はハンググライダーで翔鯨丸から飛び出た。 空中を滑走し、目標地点に近づく。 大神の位置とグライダーの速度、高度を素早く計算し飛び降りるタイミングを計る。 失敗は許されない。二度目はないのだ。 「ここっ!」 マリアは大神に向かって飛び降りた。 見る見る地面が迫ってくる。 そして大神の姿が。 「隊長、今行きます」 大神の脇を固める魔装機兵に攻撃を加え一撃で葬り去るとともに 銃を撃った反動で落下速度を調整する。 そして着地。 魔水晶を砕く。 「隊長!」 「マリア!」 二人の心が感応し、急激に霊力が高まって行く。 そしてあたりは眩い白光に包まれた。 光が薄れた後には二黒会の姿はなく、ただ風が吹くのみ。 朝靄の中庭から、大神の居室を見上げる人影があった。 人影はやがてきびすを返すと玄関の方へ向かう。 「どうしても行くの?」 「・・・レニ?」 「何故?」 「分かるでしょう?あれが私の最後の霊力。 もう私の中には霊力は残っていないわ」 「だけど」 「・・・本当を言うとね。私は怖いの。 隊長が帰ってきてまた戦いが始まったら、 私は隊長やみんなと一緒に出撃することが出来ない。 隊長の側にいることが出来ない。 そうなったときに、私はきっとみんなに嫉妬するわ。 そして私のそんな気持ちは隊長にだけは知られたくない。 隊長に嫌われたくない。 隊長の脚を引っ張りたくない。 ・・・だから、私は出ていくの」 「ボクは幼い頃から隊長に出会うまで、空っぽだった。 隊長に出会って色々なことを教わった。 だから、たとえボクが今霊力をなくしたとしても、隊長に出会うまでの 霊力を持ったボクよりも遥かに大きな力を持ってるって自信があるよ。 それに、隊長と離れていたときでもボクは隊長に色んな事を教わったよ。 隊長なら、この花を見てどう言うだろうか、 隊長ならこんな時どんな風に感じるのだろうか。 そう考えることでボクの中は隊長の心で満たされて行くんだ。 そして、そのやり方を教えてくれたのはマリアだよ」 「え?」 「マリアは吉三郎を演じるとき隊長を思って演じたと言ってたよね。 その時からボクは離れていても隊長の心を感じる自信が出来た。 それなのに、ボクに自信を教えてくれたマリアがそうやって逃げるの? おかしいよ、そんなに自分に自信がないの? 行かないでよ、マリアにはボクの目標でいて欲しいんだ」 「・・・ありがとう、レニ。でも私は行くわ。 ううん、さっき言ったみたいな逃げの気持ちからじゃない。 今、レニに言われて分かったの。私は自分に自信がないんだって。 ロシア時代から今まで結局私は隊長に頼っていた。 自分一人で何事かを為したことはなかったわ。 だから、アメリカの対魔部隊を立派に起ち上げられたら、 アメリカに花組のような部隊を作り上げられたら、きっと・・・」 「マリア・・・」 「行っておいで」 不意の声に振り返ると、朝靄の中からゆっくり歩みだしてきたのは大神だった。 「「隊長!」」 「ごめん、中庭で話し声が聞こえるから降りてきたんだ。 それで悪いと思ったけど、最後の方は聞いてしまった。 ・・・マリア、行ってくるといい。そして、立派な部隊を作って欲しい。 俺もこっちで頑張るよ。花組をもっともっと素晴らしい部隊にしてみせる。 だから、マリア。一仕事終わったら、戻ってきて欲しい。 そしてずっと・・・俺の側にいて欲しい」 マリアの碧の瞳に見る見る涙の粒が盛り上がっていく。 「・・・!」 声もなく大神の胸に顔を埋めるマリア。 羨ましいような嬉しいような複雑な気持ちでそれを見つめる蒼い瞳。 やがてマリアは顔を上げた。 「ありがとうございます。行って来ます」 頷く大神。 「良かったね、マリア」 「あなたのおかげよ。本当にありがとう」 しばし抱き合い、蒼の瞳と碧の瞳はお互いを見やる。 言葉では語り尽くせぬ想いが眼差しに交錯する。 双方の瞳に涙と微笑みが滲む。 そして蒼の瞳と碧の瞳、もう一つ、それらを優しく見守る黒の瞳は 朝靄の乳色の中に静かに溶けていった。 #なんとか完結までこぎ着けました。 #曲がりなりにも完結することが出来たのはひとえに皆様の #励ましのおかげです。ありがとうございました。 |