−第一章− 帝都に再び朝がやって来た、再び人々の今日という日の活動が始まる、しかし最近では24時間四六時中開店している軽食屋もちらほら出始め、共に時を、さらに長い時を共有したがる男女などが好んで利用していた。帝劇の売店に勤める高村椿も最新情報に滅法強い由里の口からこの店の存在を聞き、試しにやってきていたのだった、但し一人ではなく・・・ 「ところで、どうして私なんかに付き合ってくれたんですか。」 「愚問だなあ、君みたいな子を一人でこんな所に放っておけるわけ無いじゃないか。」 月組隊長加山雄一、ふと椿が夜に軽食屋に入る所を見てそのままついてきただけのことである。 「そうなんですか。」 「そうなんだよ、ここはこんな時間に椿ちゃんみたいないい子が来る所じゃないからなあ。」 「あー、またそうやって子供扱いするんですから、ぷん。」 ともすれば、いやさ十分営業妨害足り得る発言は椿の感にも触っていた。加山もこうなってはかたなしである、どうも揃いも揃って江田島兵学校の成績優良者は女性に弱いらしい。 「い、いやいや。ごめんよ椿ちゃん、悪気があったわけじゃないんだ。」 「もういいですよ、分かってますから。」 その割には幾許かむくれっ面になっているのは加山の目の錯覚だったのであろうか。 「でもなんだか加山さん最近よく私の前に出てくるような気がするんですけど。」 「奇遇だなあ、俺もそう思うんだ、ちょくちょく仕事の延長線でぶつかるのかなあ。」 デリカシーというか、女心の配慮に欠けた発言、実際彼としてもその方面に拘っていないだけのことはある。 「そうですか・・・。」 加山はこの反応に少し途惑いを覚えた、普段の彼女であれば明るく言い放つようなものだが目の輝きが褪せて沈みがちな表情になっていたのだった。 「お、おい椿ちゃん。俺また何かいらないこと言ったかな。」 「い、いいえ、別に。」 椿は売り子としてよろしくすぐに作り笑いを浮かべられたことでこの難を逃れることに成功した。しかしかけがえの無いもの、何かしら大事な気持ち、彼を考える事で得られた安らぎ、彼に触れることで得られたぬくもりは椿の胸に大きなものを落とす結果となっていたことを二人は、最低でも男の方は気付く由無かった。 気楽に話せた頃、古き居心地のよかったあの頃に戻れたら、仲間として、友として語れるあの頃に・・・。 −第二章− 「今日は化粧でもしたのかい?」 加山がふっと気付いたことを口に出す。椿は真っ赤になりながらも肯いて彼の質問に肯定の意思表示を示す。 「かすみさんが・・・化粧品の訪問販売でこれが私にあうんじゃないか、なんて買ってくれたんです。」 「いやあ化粧なしでも可愛いのにまた見違えて奇麗になったねぇ。」 真面目な口で加山がじっと椿を見る。 「や、やです、何言うんですか加山さん〜。」 両の手でほっぺたを押さえてぶるぶると恥ずかしそうに体を横に振る、いかにしようとかわいげの出る一般女性から見れば実に羨ましい存在の椿。 「もう〜、冗談は止めて下さいよ、似合いませんよ。」 「おいおい、酷いなあ椿ちゃん。俺は本当に見たまんまを言っただけだよ。しかも似合わないかなあ、そんな。」 「そうですよ〜、加山さんはおちゃらけている方がいいですよぉ。」 「うーん、喜んでいいのか悪いのか難しい所だな。」 「前はいつもひょうひょうとしては劇場に現れたらお客さんに気味悪がられていたのを私がたしなめていたのに〜。」 「あの頃はなんだか夫婦漫才みたいでロビーでおひねり貰ったこともあったっけ。」 「・・・・・・。」 また椿は林檎のように赤くなった顔を相手に見られない様に下を向いた、”夫婦”というフレーズに過敏に反応した為であろうか。そして過ぎる不安、あの楽しかった頃と同じくした気持ち、友達、仲間という関係をこれからも続けていけることができるのかという不安。 「どうしたんだい?」 「い、いいえぇ、なんでもないですぅ。」 と、言っても目の前で困りがちな女性を見て能天気でいられる程加山も鈍感というわけでもない、そして彼女が自分には言えない何かで悩みを抱えている様ということはあっさり洞察できた。 「椿ちゃん、何を悩んでいるのかは知らないがこんな言葉があるぞ。古人曰く”人間は考える葦である”。人は考えれば考えるほど、悩めば悩むほど成長するものさ。」 この場合、もっと彼女の、女性の心理を理解した発言を求めようと言う所だが加山がそんなことをできようとは椿の脳裏には毛頭なかった、それより自分のことを加山に心配してもらっている、その方が嬉しかった。 「いつかもっと自分を素晴らしいと感じる日が来るさ、胸を張って生きることだよ。おっと語りすぎたかな、俺は用事があるから帰るよ、トウッ。」 それが本当に用事だったのか、柄にもないことを言った為の照れ隠しだったのか、それは本人にしか分からない。でも椿も迷うのを止めた、いつかは真っ直ぐな真の気持ちに気付くことができるだろう、きっとできるだろうという事に気付くことによって。 お互いが恋心で近寄る、そんな仲よりもお互いを助け合って気軽に語り合える、そういう仲でありたい、椿の心情はそれであった。さしてそれが延々たらん事を望むのもまた然り。 かけがえのない気持ち、存在。彼には他の誰にも感じられない安らぎと温もりがある。たといこの切ない想いを忘れよう事となっても二人仲良く語り合えていた居心地のいいあの頃のスペースに戻れるのなら、それもまた1つの可能性。 いつかはきっと想いを語れる、もっと素晴らしい自分になることもできる、そんな日がきっと来る。それまでは今の関係もいいかもしれない、今のこの関係でしか作れない思い出をたくさん作ろう、と加山の消えた方角を眺めながら一人心に誓う高村椿であった。 Best of my boy friend・・・ Ende. 1999.3.11 [あとがき] これで何か1つ歌SSを作りたい作りたい、そう思いつつ仕上げた作品でした。歌のイメージを優先させようと作者個人の太正浪漫観(加山とかえでさんの恋物語的世界)を踏み外して作ってしまったある意味背徳の作品、加山がイロモノでなく、椿ちゃんが恋に悩むお年頃なんてファンにはいかなお叱りを食らうかわからない作品ですがお読みいただきこれ幸いにございます。 ご感想は RudolfさんのHPはです |