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「異国の花」 〜異本サクラ大戦3〜その4
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華麗なるシャンゼリゼ通りは醜悪な緑色の体液にまみれ、人々は建物の中に隠れ息を潜めて通りで繰り広げられる戦いに見入っていた。
空から舞い降りて人々を食い散らかすガーゴイルに敢然と戦いを挑んだのは純白の霊子甲冑光武Fの大神一郎中尉。彼の人のあやつる二刀の前に所詮下級妖魔のガーゴイルなど豆腐を握りつぶすより容易く弊されて行く。だが、いかんせんその数は空を覆わんばかり。流石の大神にも疲れが見え始めた。
「ふう、キリがないな…ぐわっ!」
一瞬の気のゆるみに付け込んだガーゴイルの爪が大神の白い機体に傷を付ける。すぐさま反転して振り向きざまの剣光一閃、妖魔は左右に切り裂かれた。
手応えのあまりない者を無数に相手にするというのは実はかなり困難なことであった。強い相手なら集中力を途切れさせることはまずないが、手応えのない相手ではどうしても気が緩み動きが雑になってしまう。
大神はよく辛抱して集中力を保っていた。だが、斬れども斬れどもガーゴイルの数は減じない。流石の大神にも疲労が見られてきたのだ。
そして肉体の疲労は集中力の低下を招く。先ほどの一撃はその兆候であった。
「まずいな、このままではじり貧だ………っていかんいかん、何を弱気になっているんだ俺は!『一千万といえども我行かん』だ!」
俺も加山に似てきたかななどと埒もないことをふと思いながら大神は気を引き締め直してガーゴイルの群に立ち向かった。
◆◇◆◇◆◇
飾り気のない質素な部屋でエリカは神に祈りを捧げていた。どうかあの人を護って下さいと。だが祈っても祈っても胸の不安は消えてなくならない。これだから私はいつまでたっても半人前のシスター見習いなんだと情けなくなる。だが、そんな自分をあの人は信じてくれた。おかげで光武の操縦もなんとか型どおりにはできるようになった。あの人を失いたくない。
そう思った時エリカは今自分に出来ることは祈ることだけではないと気づいた。大神を扶けること、例え妖魔を倒すことが出来なくても大神の楯となることくらいなら出来る。
元々シスターになろうというような娘だから、思いこんだら一直線のような所がある。
エリカは訓練服に着替えると部屋を抜け出て光武格納庫へと急いだ。
───お願い光武F力を貸してね
数々の失敗で他の面々のものより傷の多い機体に手を当て、エリカはそう呟いた。
「おいおい、そんな格好して何するつもりだい?」
突然の声にハッと振り向くと格納庫の壁にもたれかかり手首の鎖をジャラジャラと回すロベリアがいた。
「ロベリア!」
「あんた、あの男のところへ行くつもりかい?よしなよ。あんたみたいに鈍いのが行ったところで助けるどころか足引っ張るだけだよ」
「分かってます!でもあの人の楯になることくらいは出来るはずです!」
「あ〜あ〜分かってないね、あのお人好し男がそんなの喜ぶわけないだろ?」
「………放っておいて下さい。なんと言われようと私、行きますから!」
「あ〜あ、仕方ないねえ。あたしもつきあってやるよ」
「ロベリア!本当に?」
「ああ、あんたには借りがあるからね」
「え?借りって?」
「何でもないよ、こっちのことさ。それにあいつにあたしがあいつに負けてないって所を見せてやらないとね」
エリカとロベリアが光武に乗り込もうとハッチを開けたとき、チチッとネズミの鳴く声が聞こえた。
「あ〜ずるいんだぁ!二人だけでお出かけ〜?」
「コクリコ!あなたまさか!」
「当然行くよ。これでもエリカよりは素早く動けるよ」
「あ、また年上をバカにして!…でも妖魔と戦うのよ。本当に危ないのよ。お止しなさい」
「そんなの自分の国を出なくちゃならなかったことに比べたら大したことないよ。
あの時はちっちゃくて何もできなかったけど、今ならちょっとくらいは役に立てる。
隊長いい人だから死なせたくないもん」
「コクリコ」
「いいじゃないか、そいつも同じ皿のメシを喰った、…ま…その…な、仲間じゃないか」
「ありがとう、ロベリア」
「ふん」
珍しく照れたような表情のロベリアに明るく笑いかけるコクリコの表情に先ほどちらりと見せた哀しみの影は最早かけらもなかった。
「それでは私が行くことも止めませんね?」
「花火も!」
「私には弓術の心得があります。この中では一番戦いの助けになれるかもしれませんから」
「花火、私を忘れてもらっては困る。ブルーメールはこういう日のために生まれてきたのだから」
「グリシーヌ!」
「さあみんな行くわよ!」
「「「「「おう!」」」」」
5人の乙女はそれぞれの機体に乗り込みハッチを閉じる。
スタータをかけるとインジケータが次々と灯りはじめ乙女の顔に彩りを躍らせる。
「お待ちなさい!」
「「「「「!?」」」」」
各機前方、格納庫の扉の前に立つ声の主はアニェスだった。
「あなた達、覚悟はできているの?妖魔との戦いはそんなに甘いものではないわ」
「…覚悟は出来ているつもりです。何があっても大神さんを、隊長を死なせない」
「エリカ」
「そうだよ、隊長いい人だもん。あんないい人が死んじゃうなんて、そんなのもういやだもん!」
「コクリコ」
「ま、勝ち逃げさせるわけにはいかないんでね。何が何でもあいつを連れて帰るさ」
「ロベリア」
「私はあの方にまたお茶を差し上げると約束いたしました。私はその約束をとても重く思っています」
「花火」
「私は、ブルーメールは戦うために生まれてきました。それはこの光武Fも同じ。今戦わないでいつ戦うのですか?今の巴里に隊長を除いてこの光武を一番うまく操れるのは私たちだけなのです。私は行きます。ブルーメールの誇りに賭けて、そして大事な人を助けるために」
「グリシーヌ。…よろしい分かりました。ではあれをお使いなさい」
そう言ってアニェスが指し示したものは黒光りする鋼に曲線的な稲妻がデザインされた流線型の列車であった。
「これはエクレール号。光武で走るよりもはるかに早く着けるわ。それとエリカ、あなたの機体には改修を施しました。霊子核機関の出力の配分を機体の回復用に振ってあります。だから機動力は犠牲になってるけど、その代わり自分や仲間の機体を回復することができるわ。右操縦桿の赤いボタンがスイッチよ。ただし一度使った後は霊力の充填のためにしばらく待たなければならないから注意して」
「アニェス!」
「お行きなさい、仲間を思う今の気持ちを忘れなければ勝てるかもしれないわ」
「ありがとうございます、副司令!巴里花組出撃!目標シャンゼリゼ!」
轟音と共に雷光列車が飛び出して行くのをアニェスは祈るような気持ちで見送った。
「アニェス、何故止めなかった?妖魔との戦いの厳しさは君が一番よく知っているのではないか?」
「クロード。もしあの時私たちに今のあの娘たちのような気持ちがあれば、
仲間を思いやる気持ちがあれば、星組が潰滅する結果にはならなかったかもしれない」
「アニェス………」
「今度こそ、私はあの娘達を信じたいと思います」
「やれやれ、おかげで私の首も飛びそうだよ。こうなったらヤケ酒だ。
コルトン・シャルルマーニュの20年物を開けてやる。責任取ってつきあえよ、アニェス」
「ふ、クロード。じゃ私はチーズを持って行くわ。丁度いい熟成加減のがあるのよ」
ウィンクしながらそう言うクロードにアニェスは笑って答えた。
◆◇◆◇◆◇
ガーゴイルの黒い固まりがシャンゼリゼのど真ん中で蠢いている。
時折その固まりが引き剥がされて吹っ飛び絶命し通りに横たわる。だがその時にはすでに新しい妖魔が黒い固まりに加わっているのだ。妖魔の半数ほどは大神によって倒されていたがそれでもまだ数十体の妖魔が無傷で残っていた。
一方、大神の機体は最早限界に達していた。あと数撃喰らえば装甲が破れるであろう。
「くっ、ここまでか。いや!まだだ!まだ終わっていない!」
最後の力を振り絞り大神はガーゴイルを蹴散らす。
蹴散らされたガーゴイルに取って代わって別のガーゴイルが取り付こうとしたその時、それを何かが道路にたたきつけ妖魔は動かなくなった。
「「「「「ムーラン・ルージュ花組見参!」」」」」
その声と共に五色の爆煙たなびき五人の戦士が現れた。
「みんなっ!どうして!危ないぞ!」
「隊長、ご自分の弟子を信じて下さい。このブルーメールがなんの勝算もなしに来たとお思いですか!」
「大神さん!私でもあなたの助けになることができそうです!」
「隊長、今行くからね!」
「またお茶を差し上げると約束しましたでしょう?」
「ま、そういうこった」
ガーゴイルを倒したのは花火機の放った矢であった。花火は次々と矢をつがえるとガーゴイルを撃つ。
流石に固まっていることの不利を悟ったのかガーゴイルは大神から離れて空に舞い上がった。その機を逃さず巴里花組最速のロベリアが大神機を救出し待ち受けるエリカの下に届ける。
追いすがるガーゴイルを花組一のパワーファイター、グリシーヌのトマホークが粉砕する。空に舞い上がったガーゴイルは花火の矢が次々と射落としていた。例えそれを避けてもコクリコの投げナイフが待ち受け、上空のガーゴイルは次第にその数を減らしていった。
「大神さん、回復します!」
エリカの光武が祈るような形をとると煌めく7色の光が大神機を包みその傷を癒やしていった。
「ありがとう、エリカくん!でも凄いよ、君たちは!」
「いえ大神さんのおかげです、大神さんが私たちに教えてくれたんです。仲間を守りたいっていう気持ちと勇気を」
「そうですよ隊長。指揮をお願いします!」
「エリカくん、グリシーヌ!…よし、みんな紡錘隊形!俺が先頭、コクリコとロベリアはその後に続け!エリカくんはその後ろ!花火くんとグリシーヌは背後を守ってくれ!敵を粉砕しつつ前進だ!」
「「「「「了解!」」」」」
大神の二刀がガーゴイルを切り裂き、ロベリア、コクリコが飛び出しては一撃を与え素早く隊形に戻る、エリカが適宜僚機を回復し、背後から忍び寄る妖魔は花火とグリシーヌが粉砕する。
ガーゴイルも残り数体になったところでとても敵わぬと思ったか空に舞い上がり遁走を図る。
「花火くん!」
「はいっ」
数体のガーゴイルを花火の矢が貫き落とした。だがまだ残り一体は逃れようとしている。
「コクリコ、あれ行くよ!」
「オッケー」
グリシーヌの合図にコクリコが答え、両機は足の裏側についたローラーで高速走行を始めた。コクリコ機がグリシーヌをどんどん離したかと思うと反転、グリシーヌ目がけて突進する。
グリシーヌは両脚を大きく広げたまま腰を落とし両手を腹の辺りで組んだ状態で走行している。ローラーを使ったダッシュゆえに可能な態勢である。
コクリコ機がジャンプしてグリシーヌの両手を蹴ると同時にグリシーヌはマックスパワーでコクリコ機を放り投げる。
まさに人間カタパルト。
ローラーダッシュによる加速と相まってコクリコ機は弾丸のような勢いでガーゴイル目がけて発射された。
必死に前方だけを見ているためにその姿が映るはずもなく、ガーゴイルはコクリコにその翼をつかまれて失速した。キリキリとらせんを描きながら転落するガーゴイルとコクリコ。
地表がどんどん近づいてくる。
まさに激突といった瞬間、コクリコは脚でガーゴイルの背を蹴って自分は落下速度を殺して着地、ガーゴイルは地面にたたきつけられ砕け散った。
日本風に言えば飯綱落とし、まさにサーカス芸人ならではの技であった。
「へっへーやったね、グリシーヌ!」
「上出来よ、コクリコ!」
こうして巴里に現れたガーゴイルは大神一郎と巴里花組の活躍により一掃された。
「ありがとう、みんなよくやった。こういう時帝撃ではやることがあるんだ」
「え?一体なんですか?」
「みんなで揃ってポーズを決めるのさ」
「なんだよ、そりゃ。そんなのやってられねえよ」
「はは、そう言うなよロベリア。じゃ行くぞ!勝利のポーズ、決めっ!」
その時居合わせた人が何気なくフィルムに収めたのものが翌日の新聞各紙のトップを飾ることになる。
◆◇◆◇◆◇
あお、あお、あお
潮風に乗ってカモメの鳴き声が聞こえてくる。
大神一郎は日本行きの客船の甲板で新聞の切り抜きの写真を見ている。
巴里花組勢揃いの写真だ。
あの後、巴里花組は解散したためそれが最初で最後の写真となった。
早すぎるガーゴイルの投入で巴里の街に被害をもたらしたことの責任を取らせるため賢人機関巴里支部の幹部が全員更迭されたのだ。その中にクロードも含まれていたため計画推進者を失った巴里花組構想は瓦解したのだ。だが光武Fの機体と唯一の実戦で得られたデータはしっかりとアメリカ本部がさらっていったあたりが機関上層部のしたたかな所である。
そんなわけでエリカは修道院に、グリシーヌはノルマンディーの実家に、コクリコはサーカスに、花火は自宅に戻った。ロベリアは当初の約束通り赦免され巴里のアパルトマンで暮らしている。
巴里花組構想が瓦解した以上巴里での大神の役割も終わった。帝都でまたぞろ不穏な動きが見え始めているという情報もあり急ぎ帰国と相成ったのだ。
それぞれが平凡な日常に戻った。
一緒に過ごした日々は短い。
だが大神は彼女たちを忘れることはないだろう。また彼女たちが大神を忘れることもないだろう。
「あ」
気まぐれな風が大神の手から切り抜きを奪って空高く舞い上げる。
「しまった。………まあいいか。あんなものがなくても俺の心の中に彼女たちは生きているさ。俺の命ある限りきっと」
風に舞う切り抜きを見上げながら大神は呟く。
「さようなら、愛しき異国の花たちよ」
そんな言葉も風にさらわれ波間に消えていき後に残るのは白い航跡だけだった。
(完)
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