Boorin's Short Stories inspired by Sacra

「疑惑の日曜日」



 真夜中。
 光武の整備を終えた紅蘭が居室に戻ろうと階段を上っているとき、手に何かを抱えた大神が倉庫の方に歩いていくのが見えた。
 声を掛けようと思った紅蘭が階段を上がりきったときには大神の姿はもう見えなくなっていた。




「大神さん、久しぶりに大道具部屋をお掃除しようと思うんですけど、
よろしかったら手伝って下さいませんか」
「あ、ごめん、さくらくん。今日はちょっと都合が悪いんだ」
「あ、そうなんですか。それなら仕方ないですね」
「うん、ごめんよ」
「いいんですよ。…でもちょっと残念だな
「え、何か言ったかい?」
「い、いえ、何でもないです。じゃ」




「あ少尉サン、探してたんですよー。
今日は気分がいいので特別にワタシのピアノ聞かせて上げマース」
「あ、ごめん、織姫くん。きょうはちょっと用事があるんだ」
「え〜っ?!そーなんですかー。折角聞かせて上げよーと思ったのにー。もういいでーす」
「ごめんよ」




「あ、お兄ちゃん! 今日はお天気もいいし、お散歩行こうよぉ。ねー、レ〜ニ〜?」
「うん、散歩日和だ」
「ごめん、アイリス、レニ。今日はダメなんだ。また今度ね」
「え゛〜?つまんなぁあい。お散歩行こうよぉ」
「落胆指数100上昇」
「ごめんっ、本当に今日はダメなんだ」
「ふ〜んだっ、いいもんっ! 行こっ、レニ! 」
「ああ、だっふんだ」




「あ、隊長。今日、そのう・・・横浜に行きませんか」
「ごめん、マリア。今日はダメなんだ。この次は絶対に行かせてもらうから」
「あぁ、そうですか。残念です。・・・それでは」




「よお、隊長。どうだい、一緒に飯でも喰っていかねえかい?今日の飯もうめえぞぉ〜」
「ごめん、カンナ。ちょっと今はそういう時間ないんだ。また今度ね」
「ちぇえっ、隊長と喰うともっと喰えそうな気がしたんだけどな。まあ、時間がないんなら仕方ねえや」
「ごめんよ、カンナ」
「おうっ、いいってことよ」




「あら、少尉。よろしかったら私たちと一緒にお茶にしません事? 」
「そやそや、まあお茶でも飲んでいき」
「いや、ごめん。すみれくん、紅蘭。今日はちょっと時間ないんだ」
「わたくしのお茶の誘いを断ってまでしなくてはならないことってなんですの? 」
「いや、それはちょっと」
「なんやったら、まことくんデラックスで吐かしたってもエエねんで」
「い、いや、遠慮しとくよ。じゃ、またねっ! 」
「「あ、逃げたっ! 」」




 サロンには大神を除く花組全員が集まった。

「あれは絶対にわたくしたちに何か隠してますわ」
「そうそう、露骨に怪しかったでぇ。それに昨日の夜もなんか荷物持って地下室うろついとったし」
「そういやあ、あの食い意地の張った隊長が飯の誘いを断るなんざ、確かに怪しいな」
「あら、食い意地が張っているのはあなただけではなくて。少尉とあなたを一緒にしないでいただきたいですわ」
「あんだと?! 」
「お止しなさい、二人とも! 」
「でもホントに何なんでしょうね。……まさか、あたしを差し置いて他の女の人とデート?」
「え゛〜? お兄ちゃんはアイリスの恋人だよぉ」
「ちょっとチェリーさん、今聞き捨てならないこと言いましたねー。少尉サンはわたしのロミオで〜す」
「あら、織姫さん。あなたの方こそ聞き捨てならないですわ」

 ぎゃーぎゃー。

「………調査の必要があるね」
「こんなこともあろうかと、うち大神はんの髪の中に『超小型発信器お知らせシラミくん』を忍ばせといたんや。この『シラミくんレーダー』で見たら大神はんの位置は一目瞭然や」

 ぴた。

「そうね、それでもし本当にデートだったらその時は」

 

「「「「「「「「ふふふふふふ」」」」」」」」

 暗い情念に炎と燃える花組の面々であった。




 そんなこととは露知らぬ大神は、暢気に服装を整えている。
 加山に借りた白のタキシードをはおり髪をなでつけるが、やはりピンと逆立つ髪。

「よしっ、これでいいかな」

 用意の調った大神は地下へと降りる。




「お、大神はんに動きがあったで。気づかれんように、もうちょっと時間おいてから後つけるで」
「「「「「「「らじゃ〜! 」」」」」」」

………
………
………
………
………
………

「よっしゃ、もうええやろ。追跡開始や」

 花組の面々はダッシュで階段を駆け下りて劇場の外に出る。
 紅蘭の手の中の「シラミくんレーダー」が大神の位置を光点で知らせている。
 光点はやがて動きを停めた。

「こ、これはっ! 」
「どうしたの、紅蘭」
「大神はんは教会におるで」
「「「「「「「教会〜?!」」」」」」」
「ま、まさか」
「そ、そういえば今日は大安だわ」
「教会に大安は関係ない」
「でも少尉サンは日本の男ですからね〜。そういうの気にするかも知れないでーす」
「あ、相手は一体誰なんだ? 」
「とにかく急ぎましょう」
「「「「「「「らじゃ〜! 」」」」」」」




 教会の庭で大神の姿を探す。
 今日はやけに人が多い。
 まさか、これが全部参列者?

 いたっ!

 大神は今、一段高くしつらえられた壇上で牧師と話している。
 そして、その手の中には。

 ウェディングドレスに身を包んだ犬がいた。

「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」

 まさか。

「あれは大神さんの助けた犬。でも、まさか………」
「い、犬ぅ? しかもあれは雄だぜ! 」
「ソドミー ∩ 同性愛。最低だ」
「た、隊長って心が広いとは思っていたけれどこれほどとは………」
「ヤッパリ日本の男何考えてるか分かりませーん」
「さすがのうちもこんな事態は予想もしてなかったわ」
「がび〜ん。こ、この神崎すみれが犬ごときに後れをとったなんて………」
「ぐすっ、え〜ん、え〜ん」

 その時。

「あれ〜? みんなも来たんだ」

 大神の暢気な声が花組の面々を打ちのめす。

「大神さん、ひどいですよ。こんな大事なこと今まで黙っていたなんて」
「そうですわ。しかも相手は雄犬だなんて」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。一体何の話をしてるんだい? 」
「何の話って今日は隊長の結婚式なんでしょう? 」
「い゛〜? マリアまで。なんでそうなるの? 」
「教会でタキシードにウェディングドレス。当然の推測だ」
「これには訳があるんだ」
「一体全体どんな訳があるってんだ? 」
「そやそやきっちりと聞かしてもらおやないの」
「そーです。納得できるような理由を聞かしてもらいましょー」
「え〜ん、え〜ん」

「今日は『わんちゃん女装コンクール』の決勝なんだよ」
「あ゛〜? 何ですのそれは」
「いやね、ここの教会でわんちゃんコンクールがあるって由里くんに聞いたんだよ。
でさ、うちの犬って真っ白で毛並みがいいだろ? 瞳もつぶらだしさ。
だからわんちゃんコンクールに出したら絶対入賞すると思ったからエントリーしたんだよ。
そしたら、ここの牧師さんってのが変わり者でね。女装コンクールだったんだよ。
どうしようかと思ったんだけどね。
今更エントリーも取り消せないし、ちょうど菊之丞さんが犬好きだって言うから女装を手伝ってもらって出場したんだ。このウェディングドレスも菊之丞さんの手作りなんだ」

「………で、なんで黙ってたんです? 」
「え? 『犬の女装』だけに『言うのよそう』かな、な〜んちゃって <(^o^)> 」

 …ぶちっ×8

「あ、あれ? どうしたのみんな。そんな怖い顔して。う、うわぁ、やめてぇ〜! 」

 青空にぽつんと浮かんだ雲。
 教会の白い壁。
 その絵のような風景の中、高らかに鳴る鐘の音に混じって哀しい絶叫が響きわたった。

(了)
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