大神一郎は悩んでいた。 悩みのタネがかえでによってもたらされたのだ。 「大神君、あとで私の部屋に来て欲しいの。」 とかえでに言われたとき愛と勇気と煩悩の人 大神は有頂天になったものだった。 だが、喜び勇んでかえでの部屋に行った大神を待っていたものは、 花組クリスマス特別公演の主役を大神が選べという無理難題だった。 「う〜ん、誰か一人を選べなんて俺にできるわけないよなぁ。」 悩みながらも大神の身体はひとりでに風呂の見回りに向かった。 まさに継続は力なり、パブロフの犬状態である。 いつものように、音もなく浴室の扉を開ける。 その時、災厄は大神の上に舞い降りた。 ぼごんっ! 花組隊員が虫除けの為に設置した金ダライが見事大神の頭にヒットしたのだ。 ♪ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃちゃらっ 「ちぇんいんじっ、すいっちおん!わん!つー!すりー!」 大神一郎は、頭上にたらいを喰らうと豪快一郎にチェンジする。 表情が一変している。先ほどまでの優柔不断な思案顔の大神はもういない。 「よし!決めたぁっ!一人なんてちまちましたことは止めだっ! 男なら豪快に全員主役!全部まとめて俺が幸せにしてやるっ! そうと決まれば早速かえでさんに報告だっ!」 大神はそう叫ぶと豪快に階段を10段飛ばしで駆け上がった。 「かえでさん、開けて下さいっ!主役が決まりましたっ。至急みんなを 集めて下さいっ!」 「大神君、それはいいけど今日はもう遅いから明日にしない?」 「何を仰るウサギさんっ!男なら決めたことはその場でやるっ! 明日に回すなんてまだるっこしいことはできませんっ!」 「わ、分かったわ。」 大神の異常な迫力に気圧されたかえではみんなに招集をかけた。 「じゃあ大神君、発表をお願い。」 「よしっ、では発表するぞっ!主役はレニっ、カンナっ、すみれくんっ、 紅蘭っ、アイリスっ、マリアっ、織姫くんっ、さくらくんだっ!」 「え?主役は一人の筈だけど。」 「かぁーっ、小さい!小さいですかえでさんっ! 男なら豪快にいかんといかんっ!」 「男じゃないんだけど。」 「そんなことはどうだっていいっ!とにかく主役は8人、もう決めたっ。 誰がなんと言おうと決めたんじゃっ!」 「でも隊長、それだとどんな脚本にするんですか?」 「ん?マリアか。そんなもんは考えてないっ!だが何とかなるっ。 豪快とはそういうことだっ!」 「そんないい加減な。」 「ふっ、相変わらず心配性だなマリアは。だが、そんな君も可愛いぞっ。 心配するなっ。今俺の頭の中をピタゴラスの爺さんが走り抜けたわっ! すなわち、閃いたっ!」 「一体どんな?」 「聖母マリアは8つの顔を持つ女だったのだ。ある時はさすらいの女剣士、 ある時は謎の歌姫、ある時はって具合になっ。そんで場面場面で役を切り替えるっ。 よしっ、レニは聖母ダッシュ1、月の聖母だ。カンナは聖母ダッシュ2、炎の聖母。 すみれくんは聖母ダッシュ3、海の聖母。紅蘭は聖母ダッシュ4、大樹の聖母。 アイリスは聖母ダッシュ5、金色(こんじき)の聖母だ。マリアは聖母ダッシュ6、 大地の聖母。織姫君は聖母ダッシュ7、太陽の聖母。さくらくんは聖母ダッシュ8、 虹の聖母だ。いいかっ、役の切り替えの時は次の役を指名するんだ。 『アノクタラサンミャクサンボダイ、アヴェマリア!聖母〜ダッシュ7!』 って具合に豪快に叫ぶんだぞ。」 「意外に面白そうじゃねえか。」 「そうだろう、カンナ?豪快とはそういうことだっ!」 「うん、無茶苦茶だけどかえって面白いかも知れない。」 「そうですわね、それぞれの性格付けをハッキリすれば面白いかも知れませんわね。」 「アイリスもさんせ〜い。」 「流石は少尉サン、私の魅力ちゃんと分かってまーす。」 「確かに面白そうですね。大神さん、さすがです。」 「そやけど、舞台装置とかはどうすんの?かなり大がかりになるで。」 「ふ、何だ紅蘭。君らしくもないっ。どーんと作ってくれっ! そうだな書き割りは墨一色で行こう。でかい筆で豪快に書き殴るンだっ。 舞台の仕掛けには発明使いたい放題。火薬もどんどん使って豪快に行こう! 帝都をぶっ飛ばすぐらい使ってやれっ!それくらいじゃないと迫力出ん! 帝都の一つや二つ俺が『かばう』で守ってみせるっ!」 「おっしゃ、そういうことやったら遠慮なくやらせてもらうで! 何かアイディアがいっぱい沸いてきたわっ。」 「それでこそ紅蘭だ。頼むぞ!」 こうして次第に舞台の全体像が見えてきた。 花組の面々も大神の異様な迫力に励起されて 次第に豪快なノリを示すようになっていた。 話の行きがかり上、大神は舞台の演出も兼ねることになった。 「舞台の雰囲気は?」 「豪快にっ!」 「主役達の演技は?」 「豪快にっ!とにかくお客さんにクリスマスらしく 豪快な舞台を観てもらうんだっ!」 そして、公演当日。 満員の大帝国劇場。 めまぐるしく変わる聖母マリアの演技と役者の早変わり。 始まった花組の演技に、最初のうちこそとまどった観客達も 次第に花組の異様に豪快な演技に感化されカーテンコールでは 帝撃の柱が観客の踏みならすアンコールの足音に共鳴し崩れ落ちるほどの 大成功であった。 次の日の帝都日報の見出しが全てを語っている。 「豪快な早変わり、帝国歌劇団花組公演『奇跡の顔面』」 <奇跡の鐘 豪快一郎は帝都日報を豪快に閉じ、豪快に微笑んだ。 「これが豪快と言うことだっ!」 帝都の年はあくまでも豪快に暮れていった。 |