昼なお暗い地下室に一人座す男は何かを考えるように首を傾げていた。 黒鬼会の超老人・木喰である。 「………くうくう」 寝ている。 涎をたらした子供のようなあどけない寝顔である。この顔だけを見ていると老人の頭脳が邪悪に満ちあふれているとは到底思えない。 ゆらりゆらりと前後に揺れていた木喰の身体は、やがてぐらりと後ろに傾きどさりと落ちた。 「ひ〜ら〜め〜い〜た」 畳に大の字になり天井をみつめながら、夢から覚めてそう呟く木喰の顔には邪悪な笑みが浮かんでいる。 「帝〜国〜華〜撃〜団〜の〜小〜童〜ど〜も〜も〜光〜武〜が〜な〜け〜れ〜ば〜た〜だの〜人〜じゃ〜。と〜な〜れ〜ば〜狙う〜の〜は〜李〜紅〜蘭〜じゃ〜な」 ケイゾクは力なり。光武は紅蘭のたゆまない整備があってこそ初めてその真価を発揮する。木喰は紅蘭をたたき光武を整備不良に追い込む秘策を思いついたのだ。 「ふおっふおっふおっ。見〜て〜お〜れ〜よ〜」 木喰はそういって上体を起こした。 「………め〜し〜は〜ま〜だ〜か〜の〜」 黒鬼会超老人・木喰はボケ老人である。 上体を起こしたショックでつい先刻考えていたことは忘れ、今やその頭脳には「めし」の事しかないのだ。 「め〜し〜、め〜し〜、お〜な〜か〜が〜す〜い〜た〜あ〜す〜か〜」 木喰は食べ物を求めて部屋を出た。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「ない、ない、どこ行ったんや、うちの大事な時計。あれがないとうちの発明魂が燃えんのや」 爆発を繰り返す不毛な実験にやや疲れを覚えた紅蘭は、実験台の大神がそろそろ体力の限界に来ていることを潮に休憩がてら、父の時計をいじろうとしたのだ。 発明が息詰まったとき、この時計をバラしてまた組立直しながら新しいアイディアを練るのが紅蘭の習慣だった。 いま、その時計が姿を消したのだ。 それを知った紅蘭の落ち込みぶりは傍目にも、ありありと分かった。 「大神さん、どうしましょう。何か紅蘭を元気づける方法はないでしょうか」 「う〜ん、難しいなぁ。…そうだ!紅蘭は関西系中国人だからギャグってのはどうかな。実は俺、ギャグにはちょっと自信あるんだ。隣の客はよくギャグ言う客だ、なんつって」 「…やめてくださーい(怒)。最低ってカンジ〜」 レニが黙って「最低」という漢字を書いた。 「わあ、レニすっご〜い」 無邪気に感心するアイリスを除く一同の間をブリザードが吹き荒れる。 「ギ、ギャグはよした方が良さそうですわね」 「あ、ああ、こう寒くっちゃ南国育ちのあたいは凍死しちまうぜ」 「と、とにかく今日はもう寝ることにしましょう」 一同はサロンから各自の部屋に引き取った。 「う〜ん、何かいい方法はないかなぁ」 悩む大神の足はごく自然に風呂場へと向かっていた。 何かに悩んだとき、誰かが使っている風呂場の戸を音もなく開くのが大神の習慣だった。 からり ぼごんっ ♪ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃらっ、ちゃちゃら 「ちぇいんじ!すいっちおん!わん!つー!すりー!」 大神一郎は金ダライを頭に喰らうと豪快一郎にちぇいんじする。 「はっはっはっ、俺は何をうじうじ悩んでいたんだ。簡単じゃないかっ! 時計をなくしたんなら時計をやればいいっ!」 そう叫ぶと豪快一郎は10段飛ばしで豪快に2階へと駆け上がる。 「みんな、起きろ!紅蘭を励ます方法を思いついたぞっ」 「一体、何なんですか隊長」 「紅蘭は時計をなくした。だから新しい時計をやるんだっ!」 「でも紅蘭のなくしたのはお父様の形見の大切な時計ですよ」 「か〜っ!小さい、小さいぞさくらくん!そんな細かいことはどうだっていいっ!もうすぐ紅蘭の誕生日だろう。その日にやればいいんだっ!」 「わ〜い、さんせーい。おたんじょう会だねー」 「いいかも知れない…誕生日を祝ってもらうのは嬉しいことだ」 「少尉さんもたまにはいいこと言いますネー」 「よし、そうと決まったら早速練習だっ!」 「練習ってお誕生会の?」 「隊長、なんで練習がいるんだ?」 「かーっ、男なら四の五の言わずにさっさとやる!今やる、すぐやる、スクール水着っ!」 「「「「「「「男じゃないんだけど」」」」」」」 「そんな細かいことはどうだっていい!行くぞみんな!」 豪快一郎の訳の分からない勢いに引きずられた一同は練習を始めた。 「そこっ!もっと豪快にっ!そんなことではエースの星は狙えんぞ!」 「「「「「「「「「「「「「「はいっ、コーチ!」」」」」」」」」」」」」」 「………そうだ、いいぞ!美しいっ!」 厳しく豪快な秘密練習は、やがて帝劇全てを豪快な熱気に巻き込んでいった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ その日、紅蘭はぼんやりと中庭の菜園の土をいじっていた。 その手元に影が射す。 「はっはっはっ、紅蘭。こんなところで何をぼんやりしているんだ?そんなことをしていたらお盆に槍が降るぞ!見せたい物があるから来るんだ!」 「???」 豪快一郎は、まだ事態が飲み込めていない紅蘭を豪快に抱き上げると舞台へと走る。 ばたんっ! 豪快に開け放たれた劇場の扉の向こうに紅蘭が見た物は、真っ白な全身タイツに顔まで白く塗った12の異様な人影だった。その顔には1から12の数字が微妙に傾いて黒々とペイントされている。 「!!!???」 じゃあぁあああん ♪ちゃららららっちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃぁ〜 高らかなドラの音と共に、軽快な中国風音楽が流れ始める。 それに合わせて舞台上の白塗り達が踊り始めた。 やがて"9番"をつけた斧彦が頭の後ろに腕を組んで逆立ちする。 その足の裏には一本の棒をはさんで12番をつけた琴音が乗る。 琴音の両腕には15度傾いて「1」のレニと、「11」の菊之丞がしっかりと腕を絡ませている。 さくらが。 織姫が。 カンナが。 マリアが。 すみれが。 かすみが。 由里が。 椿が。 それぞれの番号をつけてしっかりと腕を結び合う。 そうして出来上がったのは巨大な時計盤だった。 じゃあぁあああん 再びのドラの音に音楽が少し変わる。 次に登場したのは、真っ黒な全身タイツに顔まで黒く塗った加山とアイリスだった。 二人は音楽に合わせて踊りながら、中心の棒の上に次々と飛び乗った。 二人の影がピタリと重なる。 そして、加山がぐるぐると足を軸に回転しだした。アイリスもそれに合わせて少しずつ回り始める。 ぐるぐるぐるぐる。 ぐるぐるぐるぐる。 いつの間にか豪快一郎は、両手を羽ばたくように交差させながら、足をピンとのばした状態で軽快に飛び跳ねている。 伝説の秘技「欽ちゃん走り」であった。 するとこれは仮装大賞なのか。 紅蘭の頭の中をそんなボケともツッコミともつかない思考が流れる。 ぐるぐるぐるぐる。 ぐるぐるぐるぐる。 アイリスが「5」を少し過ぎたところで、加山が「3」の少し手前でピタリと静止する。 「「「「「「「「「「「「「「紅蘭お誕生日おめでとう」」」」」」」」」」」」」」 「み、みんな」 「はっはっはっ!紅蘭、失くした時計の代わりに俺達から時計を贈るぞ!」 「お、大神はん」 「はっはっはっ、ただしこの時計は5時14分しか指さないっ!いつ(5)も一緒(14)!な〜んてなっ!」 「あ、ありがとう。ありがとうな、みんな。最高のプレゼントや」 紅蘭の瞳に涙の雫が盛り上がる。 「はっはっはっ、美しいっ!これが豪快と言うことだ!これが最豪快ということだ。」 「ほんでもうちの誕生日は先おとといやで」 「はっはっはっ、そんな細かいことはどうだっていい!豪快であれば全て良し!だがようやくツッコミ入れる元気が出たようだな。目出度いっ!」 みんなの笑いが弾ける。 その笑いは劇場の窓から外に漏れ出で、やがて吹き始めた春一番に乗って麗らかに霞む空を運ばれていった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ コチコチコチ 「耳障りな音だな、一体何の音だこりゃ?」 「時計の音みたいに聞こえますがね」 「一体どこで鳴っているノ?」 「さあ、木喰の腹の中から聞こえるような気がするよ」 「………」 昼尚暗い黒鬼会赤坂事務所では、黒鬼会一同が木喰を見つめていた。 そう、腹の減った木喰は夜の街を徘徊し、巡り巡って紅蘭の時計を喰ったのだった。 そこに最初に思いついた計画の無意識的な誘導があったのか否かは神のみぞ知る。 いかなる夢を見ているのだろうか、今はただ赤子のように幸せそうな笑みを浮かべてすやすやと眠る木喰の姿があるだけだった。 (了)
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