「木路軍、火路軍、全滅」 「…水路軍、地路軍も全滅です」 「…近衛軍全滅しました」 「五行将軍はどうした?」 「それぞれ寄せ手を防ぎながら皇帝府まで退却中の様です」 「五行衆は無事か。さすがと言うべきか………とは言えそれも時間の問題であろうな鬼王」 「………は」 帝国華撃団花組が慰安旅行に出発したまま突如として行方不明になったあと、もはや遮る者のない黒鬼会の野望はいとも容易く叶えられ帝都に人と魔の共存する国が出現した。 元大日本帝国陸軍大臣京極慶吾は、自ら黒鬼帝国皇帝を名乗りやがて日本全土を手中に収めたのである。 その先兵となったのが近衛軍の金剛将軍を筆頭とする五行将軍であった。 やがて京極帝は自らの理想を全世界に実現すべく中国大陸に潜む魔の者共を解放したのだ。 だが歴史の浅いアメリカなどとは違い中国には恐るべき数の妖怪、魔物が生息していた。いかに京極帝の霊力が優れていようともその全てを制御できよう筈もなかったのだ。 まさに身の程を知らぬ暴挙と言う他はない。 そして、京極帝の手により解き放たれた中国妖怪はたちまち中国全土を制圧し、やがて日本列島を侵し始めたのだ。 黒鬼帝国軍も五行将軍を中心によく戦ったが物量の差は如何ともし難くついにその版図は帝都だけとなった。 そしてその帝都も今や上空には中国妖怪達に埋め尽くされている。 「京極様!」 「む、金剛か」 「後から五行衆も来ます。最後はやっぱり京極様と一花咲かせようって腹ですぜ」 「ふ、金剛、お前は大した奴だな。こんな時でも相変わらずバカだ」 「へっへっへっ、照れるじゃないですか」 「何言ってんだよ。京極様は相変わらずバカだって仰ってるんだよ」 「?!な、何だと土蜘蛛、てめえ相変わらず口が悪い女だな」 「あら、でも事実ではなくて?」 「す、水狐ぉ、そりゃないだろ?」 「ふぉっ ふぉっ ふぉっ、相 変 わ ら ず 女 房 の 尻 に 敷 か れ と る よう だ の」 「木喰!何て事言いやがる!俺は別に!」 「ま、どうでもいいじゃないですか。私は一匹でも多くのゴミ共を燃やせればそれでいいんですよ」 「ふ、行くか。余も久々に新皇で出るぞ」 「私も闇神威でお供しましょう」 「へっへっへっ、鬼王よ、てめえ参謀ばっかりやってて実戦の勘鈍っちゃいねえだろうな?」 「………誰に物を言っている?私は鬼王だ。心配無用」 「へっ、そうこなくっちゃ!じゃ行くかっ!」 だがその時京極は妙なことに気づいた。 帝都を取り囲んでいた轟音と圧倒的な妖気が拭い去られたように消えているのだ。 代わりに聞こえてきたのはやたらとでかいバカ声だった。 「はっはっはっ、何か2〜3日のうちに帝劇も随分変わったなぁ」 「あの声は!まさか大神一郎?」 「奴は行方不明だったんじゃ?」 そう、そこに入ってきたのはまさしく豪快一郎と花組であった。 「貴様今までどこに行っていた?」 「あ?お前は誰だ?」 「私を忘れたのか?京極慶吾だ」 「ああ、あの長髪の陸軍大臣。えらく老けましたな。それになんか変なかぶりもんしてるが、それは何の仮装ですかな?」 「これは皇帝の冠だ!それに質問に質問で答えるなっ!私の問いに答えよ!」 「はっはっはっ、慰安旅行で竜宮城に行ってたんですわ」 「それで熱海の旅館に行っても居なかったのネ」 「おばさん、誰?」 「お、おばさんですって?失礼なっ!影山サキこと水狐よっ!」 「な る ほ ど ウ ラ シ マ 効 果 じゃ な。し か し、そ う な る と 時 空 の 歪 み が 心 配 じゃ のぉ」 「大神さん!鬼王がいますよ!」 「はっはっはっ、なるほどあんたらつるんでたんですな!するとサキくんもこいつらの仲間か」 「それより貴様どうやって入ってきた?妖怪共はどうしたんだ?」 「ああ。なんか鬱陶しいから梨の実を投げたら逃げてったぞ」 「梨の実を投げた?なるほど、黄泉比良坂でイザナギが桃の実を投げて邪気を払った故事の応用だな。すると梨の実にも邪悪を払う効果があったのか。むぅ、貴様やはりただ者ではなかったな。」 「あ?何のことだ?奴らにお前らなんだって聞いたら『用かい?』っていうから『用なし』って言っておやつ用の洋梨を投げつけただけだぞ」 「なんじゃ、そらあああぁっ! 『用かい』じゃなくて『妖怪』だろうがっ!」 「はっはっはっ、そんな細かいことはどうだっていい。それより出て行ってもらおうか。ここは帝劇だぞ」 「何を今更、ここは黒鬼帝国の皇帝府だ。出ていくのは貴様らの方だろう」 「はっはっはっ、よし分かった。だからさっさと出て行け」 「ちっとも分かっとらんじゃないかっ!ええいアホと話していると私までアホになってしまう。五行衆よ、このアホ共をとっとと片づけてしまえ!」 「何を言うの!アホなのは隊長だけよ!私たちを一緒にしないで!」 「あちゃ〜、マリアはん相変わらず身も蓋もないツッコミするなぁ。あないなツッコミしたら後が続かんやん。もうちょっと余裕のあるツッコミせんとお笑いとしてはまだまだやな」 「そうだね。紅蘭ならどうツッコむ?」 「そやなぁ無難なとこで『誰がアホやねん!』くらいかなぁ」 「なるほど、それなら後は『寛平エンドレス』にもつなげるね」 「そこっ!くだらないお笑い談義はやめるっ!」 「………やはりこいつらアホだ」 鬼王の一言が場の全てを表していた。 そして緊張感を孕みつつも和やかに対決ムードが高まり始めたとき、突如として帝都を巨大な振動が見舞った。 豪快一郎以外の全員が床に倒れ起きあがることができない。 「な、なんだっ!また妖怪の襲来か?」 「い や 違う じゃ ろう。こ れ は 時 間 軸 を 無 視 し て 存 在 す る こ 奴 ら が 引 き 起 こ す 時 空 振 動 じゃ。こ の ま ま で は こ の 帝 都 を 起 点 に 世 界 は 崩 壊 す る」 「木喰よ、どうすれば良いのだ?」 「玉 手 箱 を 開 け る し か な い じゃ ろう」 「そんなのいやデース。玉手箱を開けるといきなりおばさんになっちゃうんでしょー?」 「織姫よく知ってるな」 「アイリスの絵本で勉強したデース」 「アイリスはピチピチの女盛りだからいいよぉ」 「ちょっとアイリス!あなた自分がいいからってそれはないでしょう?」 「いっそ、竜宮城に戻るって手もありますよー。どうせこの帝都は黒鬼会のものみたいだしぃ」 「いえ開けてもらいましょう、帝都がどんなに変わっても私たちがどんなにおばさんになっても、みんなで心と力を合わせることを忘れなければ、ここが帝都で私たちが花組であることに変わりはないはずですから。そして、それが帝国華撃団の筈です」 「はっはっはっ、よく言った。成長したなさくらくん!それが豪快と言うことだ。たとえ何がどうなろうと豪快に変わりはない!みんなも心配する必要なし!帝都の一つや二つ俺が取り返してみせる!開けるぞ!」 ♪ぴんぴろりろりろりろりろりろりぃん!×8 「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」 豪快一郎が玉手箱を豪快に開ける。 中からはぼわっと白い煙が噴き出した。 これこそが時空の歪みを強制的に矯正する乙姫特製ガスである。 そのガスの効果により豪快一郎と花組の面々が年を取って全ては解決するはずだった。 しかしそのガスが最初に接したのが豪快一郎であったことで異変が起きたのだ。 すなわち豪快一郎はガスを浴びても全く老化が進行しなかった。まさに豪快に変わりなし。 そのため時空の歪みを矯正するためにはガスは別の方法を採らざるを得ない。 そして世界は暗転した。 鳥のさえずりが聞こえる。 大神一郎は頬を優しく撫でる風に目を覚ました。 「ああ、もうこんな時間か。そろそろ出発の準備をしなくちゃ」 大神は手早く着替えを済ませると、帝劇内を巡回する。 旅行前だけに皆の顔もいつもより少しだけ華やいでいる。 それ以外はいつもの帝劇のいつもの朝。 豪快一郎が老化しなかったためにガスは別の方法で世界を修復した。 すなわち特異点たる花組の時間を世界と平衡させる代わりに、世界自体の時間を花組の時間と平衡させたのだ。 これにより世界の時間は逆行し花組の熱海出発2日後の状態に戻った。 つまり竜宮城での2日間は時空の狭間に消えたことになる。 「さあ出発だ」 「「「「「「「「行ってらっしゃぁい!」」」」」」」」 帝劇残留組に見送られ、花組とサキを乗せたバスは一路熱海を目指す。 爽やかな夏の風に後押しされ帝都は今新しい時を刻み始めた。 (了)
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