長きに渡った黒鬼会との熾烈な戦いが幕を下ろし、帝都に再び平和が蘇って迎えた3月半ば。 冬が来るべき春に向けてリハーサルを行う小春日和の日。 大神の元を神崎すみれを除く花組の面々が訪れた。 「いったいどうしたんだい?みんな揃って」 「ええ、実は隊長にお願いしたいことがあるのですが」 「え?どういうことだい?」 「はい、実はすみれの事なんですが、彼女の誕生日をご存じですか?」 「え〜と、確か1月8日だったよね」 「あったりぃ〜!さすがはお兄ちゃんだね!」 「そう、その頃私たちは黒鬼会との最後の戦いとその事後処理で忙しくて、すみれのお誕生会ができませんでした」 「そういえばそうだった。分かったよ、俺に手伝えることがあったら何でも言ってよ」 「さすがは隊長、飲み込みが早いですね。ですが、実はもう準備は整っているのです。お願いというのは隊長に楽屋に来ていただくということです」 「え、なんだい?俺にまで内緒だったの?なんか傷つくなぁ」 「ふふふ、まあそう言わずに来て下さい」 「隊長、『兵は神速を尊ぶ』だよ」 「へいへい、分かったよレニ」 「お、大神さん。それってもしかして洒落ですか?」 「あ、いやあ分かっちゃった?結構自信あるんだ」 「大神はん、やっぱりどっかズレてるわ」 「センス全然ナッシングでーす!」 「…パーティー中止にしましょうか」 「おいおいマリア。何もそこまで言わなくても」 「…冗談です」 「(マリアはんもセンスいまいちやわぁ)」 「(確かにマジっぽくて怖かったでーす)」 「そこ!私語はやめるっ!」 「「ひいっ」」 「まあまあいいじゃねえかマリア。あたいがすみれの奴を呼んできてやるからみんなは先に楽屋に行っててくんな!」 「…分かってるわカンナ。ちょっとした冗談よ。みんな行きましょう」 「「「「「「は〜い(^^;」」」」」」 大神と花組の面々がぞろぞろと階下へと降りて行く。 カンナは悪戯っぽい笑みを浮かべるとすみれの部屋のドアをノックした。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 「「こ、これはっ」」 楽屋に連れてこられたすみれと大神が見た物は 「祝!大神一郎、神崎すみれ合同お誕生会」 という横断幕の文字だった。 あっけに取られる二人を紅蘭が手際よくお誕生日席に祭り上げる。 「ふふ、驚きましたか?隊長のお誕生会もまだだったんですよ」 「い、いやあ驚いたよ」 「いったい何のお話ですの?」 まだ不得要領なすみれにマリアが説明を加える。 一瞬何かにうたれたような表情を見せたすみれは真っ赤になって何やらもごもご言っている。 どうやら礼を言いたいようなのだが素直にそれを言えないところがすみれである。 兎にも角にもこうして大神とすみれのお誕生会が始まった。 「さあ、まずは召し上がれ。マリア・タチバナ特製のビーフストロガノフです」 「へっ、あたいがわざわざ鹿児島まで行って仕留めてきた黒毛牛の肉で作ったんだぜ」 「へえ?そいつは凄いな。でも牛丸々一頭だったら高かっただろう?」 「あ?あたいはその辺の草っぱらにたむろしてる牛の中で一番強そうな奴をぶっ倒して持ってきただけだけど」 「…カンナ、それって窃盗なんじゃぁ?」 「あはははは。何言ってんだよ隊長、冗談に決まってるじゃねえか」 「(なんかやっぱり年長組の笑いのセンスってよう分からんなぁ)」 「(そうそうイタリア人もビックリって感じ)」 「(…うちあんたのセンスも分からんなってきたわ)」 紅蘭が皿を回し、米田が酒を飲む。 結局いつもの通りの宴会が繰り広げられた。 宴もたけなわ、頃合いをみてマリアが口を開く。 「皆様、宴もたけなわでございますが、ここでそろそろお開きにさせていただきたいと思います」 「え?マリア、いつもより短いんじゃないのか?」 「ふふ、それでいいのですよ、隊長。すみれと二人きりというのも悪くはないでしょう?」 「「え?」」 そう、花組の面々は全員が知っていた。 大神のすみれに対する気持ちを。 そしてすみれの大神に対する気持ちを。 だから皆は考えたのだ。 この誕生会のプレゼントには二人だけの時間を贈ろうと。 「あ、いやあ」 「そんな、何を仰ってますの」 照れる二人を置いて皆がその場を去ろうとする。 が、その時。 「すみれさん、今日だけですよ」 「え?」 「今日だけだって言ってるんですぅ」 さくらだった。 酒は底なしと言われるさくらだが、今日の酒はきつかったようだ。 なぜならさくらもまた大神を愛しているから。 「さくら、おやめなさい。みんなで決めたことじゃないの!」 「何言ってんですか、マリアさん。私、知ってますよ。その胸のロケットの中の写真」 「………」 「…すみません、言い過ぎました。でも今だけです。今だけ言わせて下さい。明日になったらもう言いませんから」 「…さくら」 「………♪ポケットの中にはビスケットが一つ、ポケットを叩くとビスケットは2つ」 「「「「「「「レニ?」」」」」」」 「♪ポケットの中にはビスケットが2つ、ポケットを叩くとビスケットは4つ、 ………、 ………、 ポケットの中にはビスケットが256、ポケットを叩くとビスケットは512」 「レ、レニぃ。それってもしかしてロケットとポケットをかけたギャグですかぁ〜?」 「織姫、ツッコミが遅いよ。星組からのつきあいなんだからもっと早くつっこんでよ。おかげで折角アイリスにもらったビスケットが粉々だ」 そう言ってポケットを裏返すとそこからは本当に粉々になったビスケットがこぼれ出てきた。 「あは、あはははは、レニったら」 さくらが思わず笑ってしまう。 その笑いに場の雰囲気が一気に解けみんなも思わず笑い声を上げてしまう。 それは嬉しさや切なさ、大神の想い、すみれの想い、そしてみんなの想いが合わさった笑いだった。 「ごめんなさい、大神さん、すみれさん。ちょっと飲み過ぎたみたいです」 大神とすみれは互いに目を交わす。 「いや、いいんだよ。確かに二人きりもいいけれど、今は、今だけはみんなと一緒にいたいんだ。もう少し一緒に騒ごうよ。」 いつかは二人で歩いて行くときが来る。 花組のみんなも、それぞれが散り散りに己の道を行くときが来る。 だからその時まではこの素晴らしい仲間と過ごす日々を大切にしたい。 それが二人の偽らざる思いであった。 「いいんですか?」 「もちろんですわ。妙な気遣いなど無用。その気になればこの神崎すみれ、少尉の一人や二人さらって逃げてみせますことよ。おーほっほっほっほっ」 「お、おいおい。それじゃあべこべだよ」 皆の笑い声と共にまた賑やかな宴が始まる。 もはやただの宴会に成り果てた宴会を見守りながら大神は最後の戦いの直前にしたためた日記の一文を思い出していた。 願わくは 花の下にて 春集わむ そのきさらぎの 安らかなる日に 「ありがとう。みんなのおかげで願いが叶ったよ」 そう呟く大神の盃に、はらはらと桜の花びらが落ちて浮かんだ。 (了)
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