Boorin's All Works On Sacra-BBS

「インド洋横断部」



ぱしゃん。
ぱしゃん。
真夜中のプールで水音がする。
誰かが一生懸命に泳いでいるようだ。
何故、こんな真夜中に。




ひとつき前、「インド洋横断部」のドアを叩く者がいた。

「あら、どなたでしょう。どうぞ、お入りになって。」

ドアを開けて入ってきたのは、金髪碧眼の長身マリア・タチバナであった。

「あら、マリアさん。どうなさったんですの?」
部長の神崎すみれは少し驚いている。
洗面器に顔をつけることさえ苦手なマリアにとって、
この部室より似つかわしくない場所はない。

「私をインド洋横断部に入れて下さい。」
「マリアは泳げなかったはずだけど。」
エースのレニは冷静なつっこみを入れた。

「今は、・・・泳げません。
でも、一ヶ月後を見て下さい。
必ず、泳げるようになって見せます。」

マリアの瞳に炎が宿る。

そのマリアの瞳をじっと見つめていたすみれは、
やがて静かに微笑みながら言った。

「そう。分かりましたわ。よろしいでしょう。
一ヶ月後に25米を泳ぎ切ることが出来たら
入部を認めますわ。」




明日はその入部テストの日。
緊張の余り眠れないマリアは
プールで練習することにしたのだ。

そもそも、「インド洋横断部」とは何か。

スペインやボルトガル、イギリスやオランダといった
代々の海洋列強国は、
香料諸島からスパイスを分捕って
高値で売りさばいていた。
その略奪船の主な航路がインド航路であった。

日本から、このインド航路に沿って
フランスまで泳ぎ切ろうというのがこの部の目的である。
何のために?
もちろん、パリにいる大神に会うために。
何故、わざわざ泳ぐ?
そこに海があるから。

部長、神崎すみれ。
エース、レニ・ミルヒシュトラーセ。
マネージャー、イリス・シャトーブリアン
応援団長、ジャン・ポール

とりあえず部員はそれだけだった。

それに今、マリアが加わろうとしている。

マリアは大神に約束した。
今度大神が帰ってくるまでに、泳げるようになっておくと。
それならいっそ泳げるようになった自分を見てもらいに行こう。
そう決意したマリアは「インド洋横断部」のドアを叩いたのだ。

水から上がったマリアは体を拭いている。
黒の競泳用水着に雪のように白い肌が眩しい。
心地よい疲れが、体の中にある。
ようやく眠れそうだ。




「ルールを説明するよ。
25米を足をつかずに泳ぎ切れば合格。
飛び込みはなし。泳法は自由。」
「分かったわ。」
「では、はじめましょうか。」
「はい。」
「マリア、がんばってね。
ってジャン・ポールも言ってるよ。」
「ありがとう、アイリス。」

マリアは、パーカを脱ぎ捨てキャップを被った。
ゴーグルを額の上で留め、プールに入る。
少しヒンヤリとした感覚。
緊張が身体を走る。
ゴーグルを眼につけると2回、3回頭の先まで潜る。
「(大丈夫、練習では泳げたわ。)」

「マリア・タチバナ行きます。」

マリアの足が壁を蹴った。
身体を一直線に保ち水中を進む。

水面に浮かび出ると同時にゆっくりとした動作で
水をかく。右手で胸元まで水をかき寄せて後ろへ押し出す。
身体をひねって右肘から右腕を抜く。
真っ直ぐのばした左腕に右腕が揃うかどうかというところで
左腕を掻き込む。
足は、一掻きにつき一蹴り程度。
ゆっくりと、一掻き一掻き水を後方へ押しやる。
我慢できなくなると、息を吸う。
また、水を掻く。

ゆっくりとではあるが、確実に前進している。
緊張からか息が苦しくなる。
少し水を飲んでしまった。
だが、ペースを乱せば、おそらく沈んでしまう。
必死に耐えて、ペースを守る。

やがて、プールの底に残り5米の白線が見えてきた。

「(後、少し。隊長はあのプールサイドにいる。)」

苦しみにもがきながらも、ゆっくりと水を掻く。
身体が白線を越えた。
ついにプールの壁が見えた。
「(後、少し。隊長。)」

指先が壁に触れた。
その時、流動的な世界が固い手触りを取り戻した。
泳ぎ切った!

♪チャラリーラー、チャーラチャーラチャラリチャラリラーリラーリラリラー
(ロッキー勝利のテーマ)

「やりましたわ!」
「ん、やったね。」
「マリア〜、おめでとう!」

アイリスが叫んでいる。

「やったわ。私は泳げた。」

プールサイドに上がるとアイリスとジャン・ポールが飛びついてきた。
「やった、やったぁ。良かったねぇ、マリア。」
「ありがとう、アイリス、ジャン・ポール。」
「おめでとう、マリア。よろしく。」
「ようこそ、インド洋横断部へ。歓迎しますわ。」
レニが、すみれが祝福を投げかける。

「ありがとう、レニ、すみれ。こちらこそよろしくお願いします。」

ふと目を上げると、みんなの後ろで微笑む大神の姿が見えたような気がした。
「(もうすぐ、もうすぐ会いに行きます。隊長。)」

風薫る五月の昼下がり、マリア・タチバナの新しい旅立ちであった。

(了)

#また変なの書いてしまいました。(^^;
#余談ですが、元ネタの番組見て大ボケ藤崎奈々子の
#意外な頑張り屋さん根性に感心して
#ちょっとファンになってしまいました。(^^)


(了)

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