「ヨネチュー!こっち向いて!チーズ!可愛いぃ〜」 花組の面々はヨネチューのあまりの可愛さに争ってヨネチューを抱きしめ、頬ずりをしている。 しかし、流石に大神一郎は帝国華撃団花組隊長である。 あることに気づいてふと我に返った。 「しかし、よく考えてみればこれは大変なことだぞ」 そういえば米田は明朝陸軍省から呼び出しがかかっていたのだ。 しかも問題はそれだけではない。 これからもあるであろう陸軍省との大事な折衝は今まで全て米田が取り仕切っていたのだ。 だが、その米田がこの有様では明日の呼び出しに行くことはおろか、これからの帝撃の行く末にも影を落とすことになるのだ。 これは一刻も早くヨネチューに元に戻って貰わないと大変なことになる、大神はそう判断した。 「みんな、聞いてくれ」 威儀を正した大神の言葉に一同が静まる。 「ヨネチューは確かに可愛い。だが、今まで支配人がこなして下さっていた色んな仕事をヨネチューにこなせるとは思わない。特に陸軍省との折衝にはその可愛さが裏目に出るだろう」 大神は自分の言葉の意味が一同に染みわたるのを待って続けた。 「だから、名残惜しいがヨネチューには米田支配人に戻って貰わなくてはならない」 「分かりました。残念ですが仕方ありません。ですが、どうやってヨネチューを元に戻すのですか?」 マリアがそう尋ねる。 「分からない。でも取りあえずヨネチューに事情を聞くしかないだろう。ヨネチュー!」 大神の呼びかけにヨネチューがピトピトと歩いてくる。 「ヨネチュー!」 大神は優しく問いかける。 「ヨネチュー、昨日何か変わったことはなかったかい?」 「ヨネチュー!ヨネチュー!」 ヨネチューは小首を可愛く傾げて何かを叫んでいる。 「やはりか、ヨネチューは『ヨネチュー!』としか言えないようだな」 「そんな。それじゃ一体どうして事情を訊くのですか?」 「う〜ん………そうだ。アイリス!ヨネチューの心を読めるかい?」 「え〜と、わかんないけどお兄ちゃんが言うならやってみる」 「頼むよアイリス。アイリスだけが頼りなんだ」 「うん、任せて。………分かる。分かるよ!お兄ちゃん!」 「しめた!これで事情は聞くことが出来るぞ。アイリス通訳を頼む」 以下字幕は戸田奈津子…でなくてアイリス 「ヨネチュー何か昨日変わったことはなかったかい?」 「ヨネチュー!ヨネチュー!(おうよ、大神。大ありだぜい。変な婆に呪われてるって言われたんだ)」 「!呪い?それは一体どこでですか?」 「ヨネチュー!ヨネチュー!(角のタバコ屋の所だ)」 「その婆さんが怪しいですね。何か心当たりは?」 「ヨネチュー?ヨネチュー!(分からねえ。………待てよ?!あの鈴の音はどっかで聞いたことがあるぜ)」 「鈴の音?」 「ヨネチュー!ヨネチュー!(ああ、その変な婆さんは不気味な音の鈴を鳴らしていたんだ。それに聞き覚えがあるんだよ)」 「その辺に鍵がありそうですね」 「ヨネチュー!ヨネチュー!(ああ。………分かった!あれはロシアで聞いたんだ!あれはマーリンの魔鈴だ!)」 「マーリンの魔鈴?」 伝説の魔術師マーリンの魔鈴。その音色は魔法の響きを帯び、様々な怪異を引き起こすと言われる。 それを三つ揃えると世界か花組特製ブロマイドアルバムのどちらかがもらえるという伝説のアイテムである。 「ヨネチュー!ヨネチュー!(俺が日露戦争で戦っているときに敵の魔導師がそれを使って散々俺達を悩ませたんだよ)」 「すると呪いをかけたのはロシア人ですか?」 「ヨネチュー!ヨネチュー!(分からねえ。だが、そういや俺がこんなになっちまう直前にも魔鈴が鳴るのを聞いたぜ)」 「マリン・ガル?海カモメ!まさか犯人は!」 「ヨネチュー!ヨネチュー?(どうしたい大神!何か知ってるのか?)」 「はい、実は俺の知っている奴にマリン・ガルと呼ばれていた奴がいるんです」 そう、それは大神のよく知る人物だった。 「いるんだろ?加山!」 大神の声に答えるように白い影が姿を現した。 帝国華撃団月組隊長、加山雄一であった。 かつて海軍兵学校ではその神出鬼没ぶりから「マリンガルの加山」と呼ばれた男だ。 「いやぁ、流石だなぁ大神ぃ。よくぞ俺の仕業だと分かったなぁ」 「マリンガルと言えばお前しか居ない。それに老婆に変装するのも月組隊長のお前なら楽勝だろう。だが何故だ?」 大神の問いに加山は笑みを消す。 「大神よ。明朝の呼び出しが何の件かお前は知らないからそんなことが言えるんだ」 「陸軍省からの呼び出しのことか?」 「そうだ。あれはな、米田中将を京極亡き後の陸軍大臣にすえるという内示のためなんだよ」 「!!!何だって?」 「そう、米田中将は帝撃を去ることになる。 お前は平気なのか?俺はそんなことは許せない。 中将は俺達帝撃の父親なんだ! 陸軍省には渡せない! だから俺は中将をヨネチューに変えたんだ!」 「………加山。 気持ちは分かるがそれは違うぞ。 米田中将は誰のものでもない。 米田中将は「英雄」なんだよ。 つまり強いて言うなら米田中将を愛し求める人達全てのものなんだ。 誰かがそれを独占することはできないんだよ。 それがたとえ俺達でも陸軍省でも。 それに決めるのは米田支配人ご本人だ」 「ヨネチュー!ヨネチュー!(加山…大神…そんなにまでも俺のことを)」 「「「隊長」」」 「大神さん」 「中尉」 「中尉サン」 「大神はん」 「おにいちゃん」 ♪ぴんぴろりろりろりろりぃん×10 「………大神、俺が間違っていたよ。中将は元に戻そう」 ♪ちりん 加山が鈴を振るとヨネチューの姿が見る見る大きくなり米田の形を取り始める。 大神は素早く米田の服を放り投げた。 米田は机の後ろで素早く衣服を身につける。 そして米田は復活した。 「おう、しんぺえすんなって。俺はどこにもいかねぇよ」 米田の言葉に一同は安堵のため息をもらす。そしてそれはさざ波のように笑いへと変わっていった。 その和やかな空気の中、大神が口を開いた。 「時に加山。俺も今回中尉に昇進したんだよ」 「知っているよ。それがどうかしたのか?」 「で、俺もパリに留学させられるんだ」 「それも知っている」 「………鈍い奴だな。俺も可愛くしてくれ。オガチューって感じで」 「はあ?」 「いやね、さっきヨネチューが花組のみんなに抱かれてるの見て羨ましかったんだよ。俺もみんなの胸に抱かれたいなあなんてね。ぐふふ」 ぐ ご ご ご ご ご ぶちっ×8 「「「「「「「「かっこいいこと言って結局はそれかいっ!」」」」」」」」 「え?あ、みんなどうしたの?そんな怖い顔して……あ、…や、やめて〜!ああーっ!」 大帝国劇場に哀しい叫び声が響きわたり、それはやがて夜の闇の中に吸い込まれるように消えていった。 (了)
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