いつも独りぼっちだった。 母はいない。 父はいつもお上の仕事で家を明けることが多かった。 だから、当然一人で遊ぶことが多くなる。 その日も家から少し離れた林の中で木の実を拾ったりして遊んでいた。 そして僕はましろに出会った。 そして、それが僕の運命を変えることになった。 僕は昔からそういうものの気配に敏感な子供だった。 それはそういう家柄であるというのもそうだが、 僕の中の力は物心付いた頃にはすでに父のそれを超えていたという。 林で一人遊びをしていたときのこと。 何かの気配を感じた僕は木陰からこちらを覗く真っ白な少女を見つけた。 おかっぱに切りそろえた髪、透き通るような白い肌につぶらな黒曜石の瞳、 そこだけ紅を刷いたような赤い唇。 夢のように美しい少女だった。 だけどもそれは人間ではあり得なかった。 人間と言うにはあまりにも儚い気配。 例えば木々をわたる風、 例えば風に揺れる草の葉。 そんな気配だった。 「おいで、一緒に遊ぼうよ」 僕がそう声を掛けると、その少女はさっと身を隠す。 しばらく放っておくとまた木の陰からこちらをそっと覗いている。 僕が家に帰る頃にはいつの間にか姿を消しているのだ。 そんなことが何日か続いたある日。 その女の子が、林で木の実を拾う僕のすぐ横に立った。 「君も拾うかい?」 こくん。 女の子は無言で頷くと、僕の横にしゃがんで木の実を拾い始めた。 着物の裾から覗く白い脚がやけに眩しくて僕はことさら一生懸命に木の実を拾ったんだ。 「君、名前はなんて言うの?」 だまって首を横に振る。 「名前ないんだ。じゃあ、ましろってのはどう?」 にこり。 女の子が初めて笑った。 「よし、決まりだね。君はましろ」 僕は嬉しくなってましろの手をとろうとした。 するとましろはすっと下がって手を取らせようとしない。 「あ、ごめんよ。でも僕は君をいじめたりしないよ」 それでもましろは下がったまま。 「うん、ごめん。今日はもう帰るよ。明日また会えるかな」 こくり。 安心した僕はましろに笑いかけると家に帰った。 次の日もその次の日も僕とましろはいっしょに遊んだ。 次第にましろの笑う回数も増える。 ましろの笑う顔が見たくて僕は飛んだり跳ねたり色んな事をした。 今思い出しても哀しいくらい幸せだった。 そして、ある日。 さよならを言って帰ろうとする僕を引き留めるように、 ましろの手が僕の手を取った。 「あ、嬉しいな。はじめて僕に触ってくれたね。 じゃあ、もう少し遊ぼうか」 ましろの頬に紅が射す。 嬉しそうに頷くと、僕たちは日が完全に暮れるまで一緒に遊んだ。 「僕、もう帰らなくちゃ。・・・また明日ね」 ましろは僕の手をとろうとするが、思いとどまり寂しそうに手を振った。 僕は少し、後ろ髪を引かれるような思いだったけど、 そろそろ父が帰ってくる時間だったので大急ぎで家に戻った。 父は僕を見るなり、顔色を変えた。 「駿作に聞いてはいたが、まさかそういうこととはな。 おまえ、このごろ夕方遅くまでほつき歩いているそうだな。 それはまあいい。夕飯の時刻までには戻っているようだからな。 だが、お前の体から感じる気配。それは魔のものだ。 我が家の跡取りたる者が魔に魅入られてどうする!」 父はそう大声で怒鳴りつけると僕の体を魔法陣の中に閉じこめた。 父の祈祷の音声によって僕の体からましろの気配が消える。 そして祓いが終わっても、僕はそのまま魔法陣の中に閉じこめられた。 「お前は当分、その中にいろ。魔が去るまでな」 明くる日の夕方、僕は魔法陣の中ですごく厭な感じに襲われていた。 胸騒ぎが止まらない。 どく、どく、どく。 心臓が早鐘のように打つ。 きっとましろに何か厭なことが起きるんだ。 僕はわけもなくそう思った。 魔法陣から出ようとしたが、父の法力によって僕の体は魔法陣に縛られている。 その間も胸騒ぎはどんどん酷くなっていく。 その時、頭の中でましろの悲鳴が聞こえたような気がした。 声なんて一度も聞いたこともないのに。 次の瞬間、僕は父の術を破って魔法陣の外に出ていた。 駆ける。 あの林に。 駆ける。 全速力で。 そして僕が見たものは、ましろを封じ込めようとしている父の姿だった。 「やめて、お父さん!」 僕の声に驚いた表情の父はしかし、ましろにかけた術をゆるめようとはしなかった。 ましろは苦しそうな顔をしている。 でもその顔には不思議と憎しみの色はなかった ただ、苦悶と悲しみの表情があるだけ。 「お父さん、ましろは何にも悪いことしないよ。だからやめてよ」 「馬鹿者、我が家は魔を封じることによってお上から碌を戴いてきたのだ。 魔は全て封ずる。それが我が家の務めだ」 そういって父はさらに力を加えた。 ましろが声にならない悲鳴を上げる。 そして、僕の方を見て哀しそうな表情で頭(かぶり)を振った。 「さ・・・よ・・・な・・・ら」 そう言ってましろの姿は父の法力の光の中に溶けて消えた。 その瞬間、僕の中で何かが爆発したんだ。 そして、心の奥底からわき上がる昏い固まり。 その昏い光に意識は焼かれた。 次に気が付いたとき、僕の傍らには父の死体があった。 父は驚愕の表情を浮かべている。 惨めな死に様だ。 いい気味だ。 僕のましろを奪うから、何にも悪くないましろを奪うからそんな惨めな死を迎えるんだ。 僕はこれからの一生を人間と魔の共存を実現するために生きる。 もうあんな哀しい想いは厭だ。 そのためには偽善的な人間どもの性根を叩き直す必要がある。 京極の家を継いだ僕は、それから陸軍士官学校に入学した。 「京極様、準備が整いましたようです」 不意の声にまどろみが破られる。 「ん?ああ。ふふ、昔の夢を見ていたようだ」 「・・・」 「さあ行こうか、鬼王、五行衆よ。我が理想のための戦いへと」 「「「「「「はっ!」」」」」」 (了) |