Boorin's All Works On Sacra-BBS

「帝国怪異譚・鎮守の森」(その2)



昼は帝撃の雑用と聞き込み、夕方から夜は沙夜との逢い引き。
それが最近の大神の日課だった。

警察の厳重な警備にも関わらず鎮守の森の殺人事件は相変わらず続いていた。
殺されるのは決まって工事関係者や警護の警官及び捜査官であった。
一般の人々の中には殺された者はいない。

そして大神は奇妙なことに気づいた。
事件は決まって大神が沙夜が逢っていないときに起こるのだ。
そんなことがあるわけがない。
あんななよやかな女性に大の男の頸を掻ききることなぞ出来るわけがない。
そう思おうとするが、疑念は次々と沸いてくる。

沙夜は決して昼間に大神と会おうとはしなかった。
沙夜はいつも鎮守の森から先へは大神に送らせなかった。
殺された男と最後に話したのは女らしい。
そして事件は沙夜と逢っていないときに決まって起きる。

確かめなくては。
大神は明日の夜、警官に扮して鎮守の森を探って見ることにした。




真っ暗な闇の中を警官が歩いている。
鎮守の森に着いた。
過去に事件のあった地点を一つ一つ歩いてみる。
森の奥の社の前に着いたときに鈴のような女の声が掛けられた。

「もし、お巡りさん」

振り向こうとしたその時、首筋に強烈な殺気を感じ警官は身をのけぞらせた。
その反動で警官は地面に倒れ制帽が草の上に落ちる。

「お、大神さん」
「やはりあなただったのですね」
「どうして」
「僕は対魔秘密部隊、帝国華撃団の隊長でもあるのです。
今回の一連の事件に人ならざる者の気配を感じた
上層部が僕に調査を命じたのです」
「そうだったのですか。・・・それでは私に親切にして下さったのも調査のためですか?」
「いいえ、僕のあなたに対する気持ちに嘘はない。だからこそ確かめたかった。
あなたが殺人者でないことを確かめたかったのです」
「どうなさるおつもりですか」
「もうこれ以上はやめてくれませんか。そしたら僕は・・・」
「それは出来ません。それが私の一族に対する義務です」
「義務?」
「かつて人と森は共存していました。森は人に食物や雨露からの逃げ場を
与え、人はそれに感謝の念を持って必要以上の食料を取ったり
樹を切ったりすることはありませんでした。
私の一族はそのころよりもっと古くからこの森に暮らしてきました。
私たちは森から精気を貰い、その代わりに森に結界を張ってきたのです。
人が必要以上に森を荒らさぬように。ここに社がありますよね。
これは私の一族を畏れた人間が私たちを祀ったものなのです。
ところが最近の人の横暴は目に余ります。畏れる心を失ったものに対して私たちの
結界は無力です。おかげでこの森もずいぶんと小さくなりました。
しかし私たちは何とか耐えてきたのです。それが今回の開発計画はこの森を
完全に切り開いてしまおうというのです。この森が無くなってしまえば私たちは生きていけません。
ですから、この森をなくそうとする者共は一族の長である私が殺すしかないのです、
私たち一族が生き残るためには」
「そうだったのか。・・・俺がかけあってみるよ。なんとか森を残すように説得してみる。
だからもう人を殺すのは止めてくれ」

沙夜はじっと大神の目を見つめている。

「・・・分かりました。大神さんを信用します」
「ありがとう。明日の朝一番にかけあいにいくよ」

沙夜は無言で頷くと暗闇に姿を消した。




それからの大神はもてる人脈の全てを使って開発計画の中止、あるいは
縮小を画策した。

「私の調査によれば、あの森を守る土地の神が怒っているのです。
ですから開発を止めない限りいくらでも人は死にますよ」
「だったら君たちがその神とやらを倒すべきだ。いったい何のために
高い金を投資して君たちを養っていると思っているんだ?人間に刃向かう
神などもはや神ではない。さっさと倒してしまいたまえ」
「ですが!」
「あんまりしつこいと財政援助を打ち切りますよ」




交渉は全て不調に終わった。
とぼとぼと帰路に就く大神の目前に赤く染まる空があった。

炎!

鎮守の森の方角だ。
愛刀を手に全速力で駆けてゆく。
森が燃えている。業を煮やした開発元が森に火を放ったのだ。

「何てことを」

その時、悲鳴が聞こえてきた。
森に火を放った作業員達が次々と血煙を上げて倒れていく。
その間を走る白い影は薄ら笑いで森の焼けるのを見ていた開発元の
重役に襲いかかった。慌てた重役はよけようとして足を滑らせた。
それが幸いして白い影の一撃は重役を掠めたに留まった。
だがあまりの恐怖に重役は失神してしまう。
影は止めを刺すべく腕を振り下ろした。

大神が割って入る。
鈎状の鋭い爪が大神の剣によって受け止められている。

「!」
「止めるんだ、沙夜くん」
「離しなさい、大神一郎。あなたは約束を破った。もうこの火は消せないわ。
私たちの一族も大方が焼け死んでしまった。どうせ森を出ても生きられぬのならと
自ら火の中へ。だからせめてあの男を道連れにしてやる」
「俺の力が足りなかった。謝る。だから、もう止めてくれ。俺はこれ以上君が人を殺すのを見たくないんだ」
「問答無用!邪魔をするなら、まずあなたから殺す!」

沙夜の必殺の一撃が大神を襲う。
避けきれない。
意識よりも先に大神の身体が反応した。

剣の切っ先が沙夜の腹に突き刺さる。

沙夜の爪は大神の頸の手前で止まっていた。

「なぜ?そのまま腕を振り抜けば俺を殺せたはずだ」
「ふふ、そんなこと出来るわけないでしょう。生まれて初めて好きになった人だもの。
こうするしかなかった。あなたと一族の両方に操を立てるにはこうするしかなかったの」
「馬鹿なっ」

沙夜はゆっくりと腹から刀身を抜くと後ずさった。

「まだ手当をすれば助かるかも知れない」

大神は沙夜を抱き留めようとする。

「来ないでっ!
そうじゃないことはあなたが一番よくしってるでしょう?
ただの傷でも致命傷、ましてや霊力の込められた剣による傷だもの。もう助からないわ。
私の命が尽きれば、私の姿は本当の姿に戻る。あなたにそれを見られたくないの。
・・・あなたの前では最後まで人間の姿の沙夜でいたいの。
だから・・・さようなら」

沙夜はよろめきながら燃えさかる森の中へ入っていく。

「沙夜ぁあああっ!」

「さようなら、モギリの大神さん」

最後に微笑み軽く手を振って沙夜は森に消えた。




森の焼け跡から一匹の巨大な白い鼬の死体が見つかった。
腹に傷を負っていたが不思議と身体には焼けた跡がなく、
死に顔は微笑んでいるようにも見えた。
大神の強硬な主張でその死体は森の社のあった場所に塚を作って埋葬されることになった。

だがなぜか、大神は最後までその死体を見ようとはしなかったという。
そして大神の机の引き出しの奥には和紙に包まれた白絹のハンケチが大切にしまわれることになった。

(了)





#ちょっと変わった話を書いてみました。
#怪談読んでて思いつきました完全なアナザーストーリーです。
#時期的には帝撃配属後まもなくといったところでしょうか。
#皆様に気に入って頂ければよいのですが。


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