ここは、銀座。 華の帝都の華の街。 だが、その中に時代に取り残されたかのような古びた長屋があった。 住人はわづか6人。 大家の京さん。 総髪の軍学者のような風貌の大家であり、遊び人でもある。 だが、その実体は陸軍の将来の陸軍大臣と目されているエリート将校であった。 先祖は京の有名な陰陽師であったが、零落し貧乏長屋の大家におさまっていた。 それを京さんが継いだのである。 杢助じいさんと、孫息子の清次、孫娘のおさき。 じいさんは、体を壊して床から起きるのもままならない。 菓子屋に勤めていた清次は、火の不始末から店を辞めさせられて 今は立派なちんぴらである。滅多に家に帰ることもない。 だから、おさきが家計を支えることになる。 シジミ売り、着物の直しの内職などで休む暇もない。 隣は、食い詰め浪人の金剛寺三郎。なぜ太正の御代に 食い詰め浪人がいるのかは不明だが、いまだに着流しに武家髷を結っている。 いつも職を探してそこら中をほつき歩いているのだが、結果ははかばかしくないようだ。 だが剣の腕は確かなようで、剛剣と言うに相応しい剣を遣う。 何かと用事を見つけては、隣を訪ねていくので、傍から見ればおさきに惚れているのはバレバレである。 その隣は、お千代。彼女はごく普通の娘であった。 腕が6本あることを除いては。 幼い頃からそのせいでいじめられてきた。 それでも、まだかばってくれる両親が生きていた内は良かったが、 その両親も今はいない。ここへ流れてくる前も色々苦労したようだ。 今は、6本の手を生かして、傘張りの内職や飾り物を作っている。 何かと金剛寺の世話を焼くことから、どうやら金剛寺を憎からず思っているようだ。 決して楽な暮らしではなかったが、彼らは助け合いながら平和に暮らしていた。 そんなある日、京さんのもとに大帝国劇場準備委員会という組織から使いが来た。 なんと今ある長屋を取り壊し、劇場を建てるというのである。そんなバカなと 抗議しても向こうは帝国陸軍の名をちらつかせて脅しをかけてくる。 陸軍将校として陸軍内で探りを入れても、今一つ見えてこない。 どうやら伝説の男・フェニックス・一基が関係しているらしい。 陸軍一の謀将といわれる米田が関係している以上 ただの劇場ではなく秘密部隊となんらかの関係があるに違いない。 もちろん劇場準備委員会は、立ち退き金と代替長屋の提供を申し出たが、 病気の杢助じいさんは引っ越しに耐えられる体ではない。 その日から京さんは精力的に動き始めた。陸軍将校として、長屋の大家として、 長屋保全のために奔走し、長屋を空けることが多くなってきた。 「じいちゃん、今日は売り物の貝を少し残して置いたの。貝は体にいいのよ。」 「い・・・つ・・・も・・・す・・・ま・・・ん・・・のぉ。」 「何言ってるのよ、じいちゃん。当たり前の事じゃない。」 「わ・・・し・・・の・・・か・・・ら・・・だ・・・が」 「それは言わない約束よ。さ、早く食べちゃって。」 そして、つつましいながらも、暖かい夕餉の後、悲劇の幕が切って落とされたのだ。 滅多に家に寄りつかない清次が、血相を変えてやってきた。 「じいちゃん、おさきっ。早くここを出るんだ。もうすぐここはごろつきに襲撃される。」 「え、どういうこと?」 「劇場準備委員会の奴らが、オレが出入りしてる組をやとったんだよ。」 「でも、じいちゃんは動けないのよ。」 「わ・・・し・・・は・・・どう・・・なっ・・・て・・・も・・・い・・・い。 に・・・げ・・・ろ。」 その時、戸を蹴破ってごろつき共が乱入してきた。 「てめぇ、清次っ。眼をかけてやった恩を忘れやがって。覚悟しやがれっ。」 「仕方ねぇ、やるしかねぇ」 清次は、あいくちを抜いた。だが、もともとが真面目な優男の清次が 凶暴なごろつき共に勝てるわけもなく、なます切りにされてしまう。 「にいさん!」 「へっ、いい女だな。このまま殺すには惜しい。ちょっくら楽しませてもらおうか。」 「よしなっ、今度の仕事は遊びなしだ。出来るだけ早く皆殺しにしろって事だ。殺れっ。」 「ちっ、分かったよ。」 「や・・・め・・・」 「うるせぇ、じじいっ」 ごろつきのドスは杢助の心の臓を一突きにしていた。 もう一人が、逃げようとしたおさきを後ろから刺す。 隣では、金剛寺とお千代が20人ほどのごろつきに囲まれていた。 お千代が金剛寺の所へ夕飯を運んできたときに襲われたのだ。 金剛寺は貧してはいても武家。 その剛剣は、すでにごろつき共の半分ほどを片づけていた。 だが、20人も人を斬ると脂でいかな名刀でも、 切れ味が落ちる。ましてや食い詰め浪人の得物、 推して知るべしである。多勢に無勢、徐々に押され始めていた。 その時、おさきの断末魔の叫びが聞こえたのだ。 金剛寺の心が一瞬、乱れた。ごろつきはその隙を逃さず、 金剛寺の脇腹に刃を突き立てる。灼けるような痛みを感じながらも、 金剛寺はそいつを斬り捨てた。 「わしはもういかん。今から最後の一暴れするから、そなたは逃げよ。」 「いやです金剛寺様、私も最後までおそばに。」 「いや、そなたは生きよ。そして京さんに知らせるのだ。頼む。」 そう言うと金剛寺は、囲みの一部に向かい突進した。 「・・・」 「何をしておる、早うゆけ!」 「はいっ、必ず助けを呼んで参ります。それまで、ご無事でっ。」 金剛寺は、「にっ」と笑うとごろつきに向かった。 「お前らの相手はわしじゃっ。かかってこい。」 お千代は走った。とにかく誰か人のいるところへ。助けを呼ぶのだ。 前から人が歩いてくる。良かった。もしかしたら、京さんかもしれない。 だが。 それは、ごろつきだった。 「へっ、こんなこともあろうかと張っていた甲斐があったぜ。死にな、この化け物がっ」 「!」 お千代は腹に熱い痛みを感じた。それでも、なんとか逃げようともがいてるうちに 別の人影が近づいてきた。 「ちっ」と舌打ちしてごろつきは闇に姿を消した。 人影は京さんだった。 「き、京さん。」 「お千代!」 ♪ちゃらりちゃらりららーりら(仕事人風哀しいBGM) 「一体、どうしたんだ。」 「ご、ごろつきが、襲ってきて、みんな死んじゃった。」 「まさか、劇準委のやつらがやとったのか。」 「く、悔しいよ。化け物、化け物って言われ続けたワタシの初めての居場所を・・・、こんな。」 「もういい、喋るんじゃない。医者に行こう。」 「ワ、ワタシの部屋のタンスの下に、壱圓あります。 い、いつか金剛寺様の仕官が、決まったときのために、支度金としてためてあったお金です。 こ、この世には恨みを晴らしてくれる仕事人がいると聞きます。 そのお金で仕事人を雇って、か、敵をと・・・って。」 「分かった。分かった、お千代。」 お千代は最後に力無く微笑むと事切れた。 ♪じゃららーん、じゃららーん。じゃららーん、じゃららーん。 ちゃらりー、ちゃらちゃらぁりらー、じゃらじゃららん、 ちゃらりー、ちゃらちゃらぁりらー。(仕事人のテーマ風) 京さんはお千代の壱圓で陰陽師の法服を買った。闇色の水干に闇色の烏帽子。 素早くそれを身につけると夜を走り京さんは闇に紛れて、 ごろつきどもの本拠地の屋根に立っていた。 「オンマイタラシティソワカ、オンマイタラシティソワカ。我が法力の全てをここに。 滅せよっ、虫けら共!」 轟音と共にごろつきどもの本拠地は跡形もなく消し飛んだ。 その日を境に京さんの姿は長屋から消えた。平和な日々は去り、大家の京さんは最早死んだのだ。 今となっては復讐の鬼と化した京極慶吾があるのみである。 そして、月日は流れ帝劇が完成したのと時を同じくして、 奈良の山奥で法力に磨きをかけて帰ってきた京極は、反魂の術を行おうとしていた。 「蘇れ、杢助、清次、おさき、金剛寺、お千代。」 土に描いた魔法陣から、人影が立ち上がってくる。 「杢助、汝に新しい名を与える。汝、木の性、木喰なり。」 「清次、汝に新しい名を与える。汝、火の性、火車なり。」 「おさき、汝に新しい名を与える。汝、水の性、水狐なり。」 「金剛寺三郎、汝に新しい名を与える。汝、金の性、金剛なり。」 「お千代、汝に新しい名を与える。汝、土の性、土蜘蛛なり。」 「木喰、火車、水狐、金剛、土蜘蛛、恨みを晴らすのだ。敵は帝国華撃団。 ようやくつかんだ情報だ。 例え、直接でなくとも汝らを死に追いやったのは奴らだ。 思う存分暴れるが良い。 時に汝らに新しい組織を与えよう。汝らは前生で苦労してきた。 よって『苦労人会(くろうにんかい)』と名乗るが良い。」 「「「「「はっ、これより我ら黒鬼会(くろおにかい)と名乗ります。」」」」」 反魂の術の副作用であろうか、蘇った長屋の衆は皆馬鹿だった。 こうして単純な聞き違いから「黒鬼会」は誕生した。 まだ、鬼王が参加し、「何か発音がかっこわるい。」という理由で 「くろおにかい」を「こっきかい」と呼ぶようになる前、 黒鬼会黎明期のことである。 #ここまで、読んで下さった方、ごめんなさい。最後の駄洒落を言うために、 #延々と前フリしてしまいました。m(_ _)m |
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