部屋の外が騒がしい。 厨房からの出火に城内は大騒ぎである。 女達の悲鳴に男達の怒号が重なる。 しかし、程なく火はおさまったようだ。 すぐには消せぬが、大事には至らない絶妙の火加減である。 白髪隻眼の男は、暗い部屋の中で薄く笑った。 「ひぇぃい、上様どうかお許しをたまたま所用にて出かけおりますればぁ。」 「ならん。ここをどこと思うてか。天下六十余州を統べる本丸ぞ。 そこで火を出すとは許し難い。そちはこのわしの顔に泥を塗ったのだ。 せめて武士らしく切腹せい!」 「あぅわぁ、ひょぇお。お、お許しを。腹を切ったら死んでしまいまするぅ。」 「ならん、下がれ。」 翌朝。 江戸の町は土砂降りだった。 城内にも涙雨にくれる男がいる。 丸坊主の怪人である。 死に装束に身を包み、正座している、いやさせられている。 体はがくがく震え、まともに姿勢を保つことすら出来ない。 「うわぁん、何でこんな事にぃ。いやじゃぁ、死にたくない。」 「見苦しいですぞ。潔くお腹を召されませい。」 「い、いやじゃぁ。そ、そうじゃ。お主代わってくれ。 代わってくれたら毒作ってやるぞ。」 介錯人は、首を振り目配せをした。 すかさず、一人の武士が進み出て、怪人の手を取った。 「お手伝いいたす。」 武士は怪人の手に短刀を握らせ、間髪与えず腹に突き刺した。 「うぎゃぁお、ふぉふぅ。」 涙と唾液で怪人の顔はてらてらと光っている 介錯人の刀が一閃光を放つ。 「け、計算違いじゃぁ。揚げ団子阿部頼母 食いたい。」 それが怪人の最期の言葉だった。 「許せ、そちが山羊を食ったという会場を全て徹底的に調べさせたが、 そういう事実はなかったそうだ。 思えば、あの書状は毒味役が持ってきた物。そちを陥れようとしたものなのであ ろう。」 「御意」 「気の毒京極をした。これからも余のために働い てくれ。」 「ありがたきお言葉、粉骨砕身の覚悟で務め参らせまする。」 白髪隻眼の男は内心胸をなで下ろしていた。 男は山羊を食った痕跡を一切消し去るよう手下に命じていたのである。 それが間一髪間に合ったようだ。 「これで後顧の憂いはなくなった。封廻状は最早奴の手元にはないとはいえ、 ここまで血が流れすぎた。決着はつけねばならぬ。」 屋敷へ返す馬上で男はつぶやいた。 川原に霧が立ちこめている。 突き立てられた刀の前に男は立っていた。 決着の時を待っている。 やがて近づく気配。 霧を割って白髪隻眼の男が現れる。 二人は同時に自らの太刀を引き抜いて構えた。 二人には知るべくもないが、夜来の雨で怪人の塗った毒は洗い流されていた。 結局怪人は何事をも為さぬままこの世を去ったことになる。 ゆっくりと間合いを詰める。 浪人の胴太貫が上段からうなりを挙げて隻眼の男に迫る。 それをかわしながら、素早く太刀を胴に向けて送る。 素早く刀身を戻し受ける。 再び、間合いを取る。 一合、二合と撃ち合いは続く。 お互いがお互いの攻撃を見切っている。 長期戦になれば、年齢的に隻眼の男には不利である。 隻眼の男は、勝負に出た。 「食らえ、放魔星辰!」 「狼虎滅却・天地一矢!」 再び霊光のぶつかり合い。 その刹那、白髪隻眼の男は自分と浪人を結ぶ線上に 幼子の乗る乳母車が来るように体を移動させ、 素早く気を錬ると続け様に技を放った。 「桜花放神!」 気の練り方には隻眼の男の方に一日の長がある。 浪人は、気を錬りきれないまま、技を放つ。 「く、狼虎滅却・天狼転化!」 気を錬り切れぬ為、技に必要な霊力は命を削って補われる。 これこそが、白髪の男のねらいであった。 幼子をかばうためには、必殺技に対して必殺技を返すしかない。 そうすることによって、確実に浪人の生命力は削られていくのだ。 万が一、必殺技を放たねば、今度は身体に打撃を受ける。 一気に畳みかける。 「桜花放神!」 「ぐ、三刃成虎!」 浪人の身体がぐらつく。 「おにいちゃん!」 「我が身体は、まもなく動きを停めるであろう。だが、 案ずるな、儂らは来世もまた親子ぞ。」 男は幼子に声をかけると、隻眼の男に向き直った。 「だが、ただでは逝かぬ。」 みるみる気勢が上がる。 残りわづかの命を一気に燃やしているのだ。 隻眼の男もまた、それに見合うだけの気を 急激に錬る事は出来ず命を燃やすしかなかった。 そうしなければ、自分が確実に息の根を止められるであろう。 じりじりと間合いを詰める。 次の一撃が勝負を決める。 「狼虎滅却・・・」 「破邪剣征・・・」 二人の太刀が振り下ろされようとする、まさにその瞬間。 幼子が乳母車を降りて二人の間に割って入った。 二人に向けていつも抱いていたクマのぬいぐるみを差し出している。 「天狼転化!」 「桜花放神!」 「冥府魔道<「ねえ、クマどう?」」 その刹那、三つの霊力のぶつかりあいが 強大な光球を生み三人を包んだ。 川原に風が吹いている。 ただ一つ残された乳母車に 風車が一つカラカラと音を立てて回っている。 キャスト 拝一刀(大神一郎) 大五郎(アイリス) 柳生烈堂(鬼王) 阿部頼母(木喰) 烈堂の部下(火車) 徳川綱吉(京極慶吾) 完 #ようやっと完結しました。ちょっとネタ少な目です。 #下らない内容の割に長くなってしまって申し訳ないです。 #今まで、読んで下さった皆さんのご愛顧に感謝いたします。 #どうもありがとうございました。 |