Boorin's All Works On Sacra-BBS

「帝国怪異譚・人形師」その3



「そこまでだ!」

 9色の爆炎と共に地に降り立つ霊子甲冑光武。
 振り向く鬼の一瞬の隙をついてアイリスがすみれを救出する。
 菫色の光武に乗り込むと恐怖にしびれた身体がようやく落ち着きを取り戻した。
 少尉と花組のみんながいれば、もうどんな敵も怖くない。
 鬼は完全に包囲された。
 だがそれで安心できるわけでないことは皆がよく分かっている。
 鬼の放出する気は減ずるどころかますます気勢が上がっているのだ。

邪魔を…す…るなぁああああああああっ!

 鬼気が一気に膨れ上がり鬼の体が更に大きく膨れ上がると大神目がけて襲いかかった。
 大神は間合いをはかり必殺技を繰り出す。技を出し惜しみしている場合ではなかったのだ。

「狼虎滅却・天地一矢!」

 だが、鬼はその攻撃に一瞬ぐらついたもののすぐさま横凪の一撃を加える。
 二刀で受けた大神の腕がしびれるくらいの強烈な一撃であった。
 大神が鬼と鍔迫り合いを演じている間に他の隊員の一斉攻撃が始まった。

「鷺牌五段!」
「ディ・ワルキューレ!」

 中近距離からはカンナとレニが攻撃を加える。
 振り向き反撃しようとする鬼にマリア、紅蘭、さくらが遠距離から集中攻撃を加える。

「トローイツァ!」
「球電ロボ!」
「破邪剣征・百花斉放!」

 それでも強引に突破をはかる鬼にすみれと織姫の必殺技が放たれる。

「神崎風塵流・飛竜の舞!」
「イル・フラウト・マジーコ!」

ぐぉおおおおおおおんっ!

 鬼は怒りに満ちたうなり声を上げて花組の囲みの中央で天を仰ぐ。
 その身体からは白い煙が立ち上り傷を負ってはいるようだ。
 しかしその鬼気は一向に衰えない。
 飽くことなく突破をはかり果敢に攻撃を繰り返した。

 花組はアイリスの回復技で期待の損傷は適宜回復はするものの、圧倒的な鬼気にさらされることによる精神的な悪影響が出始めていた。
 すなわち精神的な倦怠感、虚無感が隊員を襲い始めたのだ。
 大神は必死に隊員を励まし続ける。
 最早大神の声だけが隊員をこの世につなぎ止める命綱であった。
 鬼の怨念の元を断たねば花組に勝利はない。
 大神の心にようやく焦りが生まれ始めたとき、不意に鬼の動きが止まった。

 その視線の先にあるものは3つの影、正確に言えば2つと半分の影であった。
 加山雄一と十六夜幻之丞、そして人形。

貴ぃ様ぁらぁあああああっ!

 鬼は怒りもあらわに二人の方へ跳躍する。
 素早く飛びすさる二人には目もくれず鬼は人形を抱きしめた。

おぉ、坊、坊よぉ

「大神隊長、あの人形を滅ぼさぬ限り鬼の力が弱まることはありません。その人形を最初に作ったのはその鬼ですが、今や鬼の怨念の源はその人形です。男の怨念が人形という形に現されたとき怨念は一人歩きを始めたのです」

 幻之丞の声には哀しみの色が濃い。
 それは全てを幻視した者にだけ分かる闇なる者への憐れみの心を押し殺さねばならない哀しみの色であった。

「………了解。みんな、人形を狙うぞ」
「「「「「「「「了解」」」」」」」」

貴様ら、貴様らが弱いから俺の子は死んだんだあぁっ。それをまた邪魔するかぁあああっ!

 鬼の叫びとともにその場にいた全員の脳裡に強烈な映像が浮かぶ。
 大和の復活に伴う大災厄の際に倒壊した家の下敷きになって死ぬ子供の姿が。
 それを抱きかかえ泣き叫ぶひとりの男の姿が。

ぐぅぉおおおおおおおおおんっ!

 鬼が叫びながら立ち上がったとき、人形の手から何かが落ちた。

 ♪ぴん、ぽん、ぱん………

 手製のオルゴールであった。
 全員の脳裡に男が子供のためにオルゴールを作っている姿が映る。
 嬉しそうに手を叩く子供とそれを幸せそうにみる男。

「♪ゆ、う、や、ぁ、け、こや、けぇ、の………」

 鬼の顔が一瞬、元の男の顔に戻っている。

「虫さえ殺せないような、優しい子だったんだ………それがなんで」

ぐおおおおおっ

 男は再び怒りに鬼と変わる。

「鬼よ、私を見よ」

 幻之丞は一歩進み出るとその盲いた両眼を開いた。
 盲いた幻之丞の瞳に光は通らず、全ての光が反射されてしまう。
 一種の催眠術によりその白金色の瞳を見た者は目を離すことができなくなる。
 そして瞳は鏡となり見る者のありのままの姿を映し出すのだ。
 これぞ十六夜幻之丞の秘技、鏡映瞳であった。
 鏡映瞳に映る己の浅ましい姿に鬼は身悶えし、その顔は今や目まぐるしく変わっていた。
 鬼の顔と男の顔。
 男の中で鬼と人が戦っている。

「あさましい、私はなんてことを………」
ぐあぁ、仕方ないぃぃぃぃっ。あの子を生き返らせるためにはぁっ
「あの子はそんなことを喜ぶ様な子じゃなかった…」
ぐ、があああああっ、そんなことは分かってるんだよおぉっ!それでもっ!それでもっ!
「ああああああああっ」

 オルゴールの音が途切れがちになってくる。

「助けて………私をやっつけてくれ。………まだ私の意識があるうちに」
がぁぁぁぁぁあああああっ、させるかぁ
「早く、………私をせめて人間として死なせてくれ。もうすぐ私は完全に鬼になる」
うごぉぉぉおおおおっ
「頼む、早くっ!………」

「………分かりました」

 大神は二刀を構え、気を充実させてゆく。
 この男の魂を救わせてくれ、殺されてしまった子供の魂を救わせてくれ、それだけを念じて気を錬った。
 やがて光武は光を放ち始める。
 それはいつもの鋭い白ではない、やわらかに包み込むような白であった。
 誘発されるように、花組の各機体も柔らかな光を放ち始める。

「破魔浄魂・九連宝灯」

 九色の柔らかな光が回り灯籠のように男の周りをゆらゆらと回転しながらその半径を縮めていく。
 やがて九つの光が一つとなり男を包むと、その魂は無限に膨れ上がり鬼の心と殺された子供達の無念を呑み込むと浄滅した。
 男の肉体も人形もやがて吹き始めた風に塵となって消える。

「俺達の見たものが本当なら彼を鬼にしたのは俺達なのかも知れない」
「いえ、人は良くも悪くも自らが望む者になるものです」

 大神の呟きに幻之丞が答える。

「だが………」

 なおも言い募ろうとする大神の背に暖かいものが触れた。
 すみれが大神の背に横顔を埋めている。

「そうですわ。人は自分の望む者になる。わたくしはそうやって生きてきました。
 そのために歯を食いしばって努めているのです。あの人が鬼になったのはあの人の心が鬼を望んだから。
 そうだとしたら、わたくしたちにできることはその時その時を悔いなく誠実に生きることだけですわ」

 大神は知っていた。すみれはまさしくそのように生きてきたことを。
 それでいて普段はそんなことを口の端にものせないすみれのその言葉は大神の心に深く響いた。

「…そうだね。人は神ではない。自分に出来ることを一生懸命にやるしかないんだ」

 その場の全員がその言葉をかみしめ、それぞれの決意を胸に刻み込んだ時、細々と鳴り続けていたオルゴールの音色はついに途絶え、後には風の音だけが残された。


(了)




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