Boorin's All Works On Sacra-BBS

「狼煙」



「もう行くんか。」
「世話になった。」
「傷、まだ完全に治ってないんと違うか?」
「いや、そこもとの煎じてくれた薬のおかげで良くなったようだ。」
一月ほど前、女は体の至る所に傷を負い血の気の失せた男が
川辺で倒れているのを見つけた。近くの葦の影には
すやすやと眠る幼子の乗った乳母車が隠されてあった。

哀れに思った女は男と乳母車を家に連れ帰り手厚く介護した。

男の生命力は桁外れで、あれほどの傷を負いながら三日もすると
起きあがれるようになった。七日後には、女の代わりに野良仕事から
蒔き割りまでをこなせるまでに回復していた。
男は恩返しのつもりなのか、何かを待っているのか一月の間黙々と働いた。

そして、昨晩。

男は出ていくことを女に告げたのだ。

「・・・そうか。」

男は一礼すると、幼子を抱き上げ乳母車に乗せた。

「ちょい待ち。行く前にちょっと説明しとかなあかんことがあんねん。」

男が振り返る。

「あんたの体の傷見たら、大体の見当は付くけど危ない橋わたるんやろ?」
「・・・。」
「こんなこともあろうかと、坊の乳母車改造しといたで。」

女は乳母車に近づくと、取っ手を握った。

「この取っ手のこの部分を押したら、牙斗輪具銃が飛び出るさかいな。
この突起を押したら弾が出るわ。一応、一般的な型の弾やから
補充も簡単やで。ほんでな、こっちを押したら、隠し剣が飛び出るさかいに
いざっちゅう時はこれ使い。ほんで、・・・。」

肩の辺りが少しふるえている。
取っ手を握る手の関節が白くなっている。
女は、まるで男に口を挟ませないためであるかのように息も継がずに
話し続ける。

だが、ついに説明は尽きた。

「かたじけない。」
「あ、勘違いせんといてや、坊のためやで。うち、子おらんし。
なんや自分の子みたいな気ぃすんのや。そやっ、いっそ坊は
おいていけへんか?うちが責任持って面倒見たるさかい。
ほんでたまに会いに来たらええねん。
(ほんなら、うちもたまにはあんたに会えるし。)
どや?エエ考えやろ?」
「・・・相済まぬ。我ら親子、共に冥府魔道を歩む定めなれば、
そこもとの申し出、受けることは叶わぬ。許されよ。」
「・・・行かんといてて言うても、あかんねんな。」
「・・・済まぬ。」
「・・・しゃあない。ほんなら気ぃ付けて行きや。何かあったらまた
うちに寄り。それまでにまたいっぱい武器作っとくさかい。
・・・ほな、気ぃ付けて。」

男はもう一度礼をして女に背を向けた。
女は親子の姿が小さくなって見えなくなるまで
戸口に立って見送っていた。

「・・・あほ。うちの気持ちも知らんと。」




襲撃があったのは、女の家を出てから二里ほど歩いたときであった。
行く手を塞ぐように、数十人の忍びが立ちはだかっている。
男は無言で取っ手を握る手の力を強めた。

がしゃん!

「たたたたたたたたたた。」

小気味よい破裂音と共に死の雨が忍び達に降りかかった。
見たこともない武器の、あまりにも唐突な出現にさすがの
忍び達も為す術もなく屍と化した。
半数ほどが生き残ったのはさすがと言わねばなるまい。
残りの人数で男を囲む。

幼子は父の繰り広げる戦いよりもトンボに気を取られていた。
乳母車から手を伸ばしトンボをつかもうとする。
外す。
また、手を伸ばす。
そのうち幼子は乳母車から落ちてしまった。
そのまま四つん這いでトンボを追う。

男は囲みの半数ほどを既に弊していた。
その時、異様な音と共に乳母車が突進してきたのだ。
男も忍び達も一瞬動きが止まる。
次に動いたのは男であった。何かの予感があったのかも知れない。
忍びを攻撃するのもそこそこに、草むらに身を投げた。

突進してきた乳母車の音が更におかしくなった。
そして、忍び達が避けようとした、その刹那。
轟音を上げて乳母車は微塵に砕けた。
忍びの男達は訳も分からないうちにこの世に別れを告げた。

どうやら幼子が乳母車から落ちたときに、
乳母車に取り付けられた蒸気発動機の起動部を押してしまったらしい。
それが何故か暴走し爆発したのだ。
男がゆっくりと立ち上がる。心なしか身体がよろめいている。
どうやら男の方も完全に無傷とは行かなかったようだ。

「悪い、悪い。安全装置つけるの忘れてたわ。何かあったらあかん思うて
追いかけて来たんやけど遅かったみたいやな。あ、あんた、怪我してるやん。
また薬塗ったるからうちおいで。」

親子の冥府魔道の道行きはこの事故でもう一月遅れることとなった。

安全装置が外れていたのは事故なのか故意なのか。
その答えを知るものは女以外には爆発跡から立ち上る煙だけであった。


「子連れ大神」

キャスト

拝一刀(大神一郎)
大五郎(アイリス)

女(李紅蘭)

忍び(魔繰機兵・脇侍のみなさん)





(了)

Back