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「蒼穹の中へ」その3



 京極と真宮寺一馬は霊子砲を武蔵に設置すると、武蔵が吸い上げたエネルギーを集約し導入する端末に霊的に密閉された部屋を設けた。
 そしてその内部にそれぞれ自らの体を接続する。

「さてここからが本番だ。準備は良いか真宮寺」
「私ならいつでもいける」

 「それ」の力の正体は極性を持たない中性の力である。
 「それ」はすなわち、その抱える無極性エネルギーの絶対値が異常に大きく、かつ「酸を加えてもアルカリを加えてもpHのほとんど変わらない緩衝溶液」のように相対的に小さな極性の変化は飲み込んでしまう力の海であった。したがって「光」の極性を帯びた花組の力も「闇」の極性を帯びた五行衆の力もその巨大な海に呑み込まれてしまったのだ。
 「それ」を傷つけることができるのは、「それ」の持つエネルギーと同程度の巨大なエネルギーを持つ力か同じ中性の無極性エネルギーを持つ力か、あるいはその両方を兼ね備えた力である。
 「それ」の持つエネルギー量の正確な見積もりが不可能である以上、「それ」を倒すためにはなるだけ巨大な無極性エネルギーをぶつけるしかない。そのための手段が武蔵と接続した霊子砲であり、闇の極性を持つ力を操れる京極慶吾と光の極性を持つ真宮寺一馬であった。

 京極と真宮寺一馬は互いの呼吸を合わせ各々の力を放出し始めた。
 密閉空間でそれぞれの力が混合され無極性のエネルギーによる緩衝霊場が形成される。
 空間が完全に無極性のエネルギーで満たされると、チャンネルを開き武蔵の吸い上げた都市エネルギーを導入しそれを無極性化したのちに霊子砲へ導入する。
 自らの体に高圧な大電流を流すような命がけの暴挙であった。

「「今行くぞ、華撃団、金剛、土蜘蛛」」

 霊子砲にエネルギーを蓄えつつ武蔵はゆっくりと「それ」のいる東京湾へと向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「金剛、アイリスの射程に入れ!このままでは死ぬぞ!」
「馬鹿野郎!これは俺とてめらの我慢比べだぜ!そっちへ行ったら俺の負けになるだろうがっ!ぐおっ!」
「そんなことを言っている場合かっ!死んでは元も子もないだろう!」
「ふんっ!俺様が死ぬかよっ!そんなことよりその金色のがきんちょの心配でもしやがれ!大分とふらついてやがるぜ。(けっ、土蜘蛛は動けねえんだ。今は一歩でも動けるもんかよ)」

 どちらも正しい。
 土蜘蛛が動けない今、金剛が動くと土蜘蛛は確実に死ぬ。
 連続する回復技の発動にアイリスの体力が限界に近づいていることも事実。
 しかも怒りに狂った「それ」は動きの止まった人間たちにろくに狙いもつけずに白光を放ち続ける。圧倒的なエネルギーである。
 その放出の反動で「それ」の体は再び上昇しつつあった。
 空中に逃げられてはたとえ反撃する余裕があったとしても最早大神たちの攻撃は届かない。
 届くとしたら無限射程の百花斉放だけだが単独では効果がないことは分かっている。
 まさに万事休す、絶体絶命の窮地であった。

 その時、帝都に異形の影が射し大神たちの視界は暗くなる。
 武蔵がその姿を現したのだ。

「金剛よ、華撃団よ。今しばらく支えよ。この京極慶吾と鬼王が自らあやつに引導を渡してくれるわ」

 天空に映し出されやがて消えた京極の姿は静謐な威厳をたたえ軍神と言われるに相応しいものだった。
 超人的な努力で自らの苦悶の表情を押し隠しているのだ。
 将たる資質とはあるいはこのやせ我慢なのかもしれない。

「し、真宮寺よ。貴様、娘と話さんで良いのか?」
「くっ、分かってるだろう!私の肉体はお前の反魂の術で蘇った仮初めの体だ。砲の発射と共に砕け散るだろう。今、鬼王の正体を明かしたところでさくらに父親を失う悲しみを二度味あわせることになるだけだ」
「それでいいのか。そういうものなのか?父親というものは」
「お前も子を持てば分かる」
「ふ、ふん、それでは永遠に分かりそうもないな。どうやら私の体も限界点を越えつつあるようだ。(…私の父はどうだったのだろうか)」

 霊子砲充填ゲージの最後の明かりが点滅を始める。
 あと少しで充填完了である。
 二人は会話を続けることで気力を保っていた。
 なんとしても砲の発射までは持ちこたえねばならない。

「し、しかし妙な縁だな、京極よ。お前と共に戦うことになるとは思わなかったぞ」
「ふ、ふん。私はずっと貴様の力を欲しておったぞ。だからこれもいわば私の計算のうちだ」
「お、お前は木喰か」
「あ?ふふ、口癖とはうつるものだな」
「ははは」
「ふははは」

 そしてついに霊子砲は無極性の巨大な中性エネルギーで満たされた。

「いくか」
「おう」

 「それ」に背を向けている大神と金剛の目には武蔵開口部に眩い白色の光の粒子が蛍のように漂うのが映った。
 二人は反射的に目を瞑る。
 と同時に武蔵の口から巨大な白色の光が放出され「それ」を直撃した。
 武蔵は霊子砲発射の反動に逆らい、なおも海へ向かって前進し「それ」を天空へと押し出して行く。
 やがて体表に無数のひびが入った瞬間、「それ」は粉々に砕け散り、その破片もやがて白光に焼き尽くされた。
 武蔵は巨大な霊子砲エネルギーの発射に耐えきれず崩壊を始める。
 武蔵内部の霊子砲も発射と同時に砕け散り、霊子砲室には何も残っていない。
 武蔵体表からは、無数の破片が屋根瓦のように海中に降り注ぎ、それらもやがてゆらゆらと海中に没した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「京極がやったのか」
「へ、さすがは京極様だぜ」

 そう言うと同時に崩れ落ちる大神と花組の面々。
 金剛も思わず片膝をつく。

「やりましたね大神さん」
「ああ、アイリスと君たちのおかげだよ」
「へへへ、アイリスもとぉってもがんばったよ」
「ま、確かに今回はアイリスが一等賞ですわね」
「ほんまやで、ようやったな」
「しかし、あれは一体何だったのでしょうね」
「…解析不可能、データが少なすぎる」
「…いや俺には心当たりがある。そしてもしそうなら…」
「そんなのどうだっていいでーす。早く帰ってシャワー浴びたいでーす」
「京極と鬼王はどうなったんでしょうか」

 花組全員の顔が暗くなる。
 あれでは生きているとは思えない。
 憎むべき仇敵ではあったが彼らに助けられたことも事実なのだ。

「きっと大丈夫さ。やつらは悪党だぜ。そう簡単にくたばるようなタマじゃねえよ」

 気休めであることは言った本人ですら分かっているカンナの言葉に、それでも少し気が楽になる。
 ともかくも彼らの死を目撃したわけではないのだ。

「よう土蜘蛛、京極様がやってくださったぜ」
「………そ、そのようだね」
「おい、大丈夫かよ」
「………」

 金剛の問いに土蜘蛛は答えない。
 鼻に手を当てると弱々しいながらも呼吸はしているようだ。

「おい、しっかりしやがれっ!」
「どうした、金剛?」
「土蜘蛛が気を失っちまった」
「何?よし!大至急病院に運ぼう。幸い翔鯨丸にはあと一機くらいを載せるスペースはある。
 病院に着くまでに翔鯨丸の中で土蜘蛛を取り出せばいい」
「隊長!」
「いやこれからのことは分からない。だが今だけは共に戦った仲間だ。俺にはそれを見捨てることは出来ないよ」
「よし、今回だけは頼んでやらあ。頼むぜ、大神」
「任せておけ。見込みは五分五分だが、土蜘蛛の生命力ならおそらく助かるだろう。その後でお前を迎えに来てやるよ」
「けっ!余計なお世話だ。俺はぼちぼちと歩いて帰ることにするぜ」

 金剛は土蜘蛛と八葉を抱えて翔鯨丸に積み込むと翔鯨丸を見送る。

「へっ、やったぜ。俺は一人で支えきった。大神の野郎に勝ったんだ。…だが今度ばかりはかなり疲れたぜぇ。…ふう、ちょっくら一休みしていくか」

 そう呟くと金剛は装甲が剥がれ落ちボロボロになった大日剣を降り、地面にドカリと胡座をかいた。

 空が蒼い。
 その空の蒼を緩やかな弧を描いて白い鳩がすーっと横切り金剛の肩にとまる。
 だが深く頭を垂れたその姿は蒼穹に塗り込められたかのように再び動くことはなかった。


(了)




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