「その名の下に」〜荒鷹〜その3





 靴下を脱ぎ道場に立つ。
 仙台の冬の床はひんやりを通り越して痛いほどである。
 だが一基は大陸東北部の冬を知っている。
 敵魔将の魂まで凍るかのような冷たい感触を知っている。
 それに比べればこのくらいの寒さはいっそ心地よいくらいであった。

「いつでもいいぜ」

 知らず口調がいつもの伝法な調子を帯びている。
 一馬は一基のその様子にふとほほえましいものを感じる。

───これがこの人の魅力だな

「では始めましょうか」

 一基は身体を低くした居合いの構え。
 その構えの小ささに間合いを測りにくい。
 対する一馬はオーソドックスな青眼の構え。
 だがその威圧感は対峙する者を戦慄させずにはおかないほど巨大であった。

───流石に強ぇや。だがまだ勝てねぇ強さじゃねぇ。
   あとどんだけ力を隠してるのかが問題だな。

 一馬がじりじりと間合いを詰めてくる。
 一基も徐々に前に出ていく。

───流石だ。私の前進に退くどころか間合いを詰めてくるとは。
   少なくとも格は同じ。後はどちらの技が優れているかの勝負。

 一馬は一気に間合いを詰めると必殺の突きを放つ。
 一基は迎え撃ちに抜刀した。

ぎゃいん!

 刀身を寝かせたまま半身に突きを滑らせると泳いだ一馬の胴めがけて膝蹴りを放つ。
 これを食らうといくら一馬といえども隙が出来ることは否めない。
 一馬はすかさず体を開きこれをかわすと同時に一基の背後を取ると上段から剣を振り下ろす。
 一基は身体を丸めて前方へ回転して一馬の刃を逃れつつ小手を狙って牽制の後ろ蹴りを放つ。
 追撃しようとした一馬は蹴りを避けるために後ろへ飛びすさりまた青眼に構える。
 その時には一基もまた再び居合いの構えに戻っていた。

───ふふ、やる!やるな米田さん!流石は「隼人」とともに剣を磨いただけのことはある。
   久しぶりに我が剣を思う存分ふるえそうだ。

 今度は一基が仕掛ける。間合いを詰めて抜刀…するとみせかけてタイミングをずらした一撃を放つ。
 そのフェイクに一瞬引っかかりかけた一馬は真の一撃を受けるのが精一杯であった。

───なんと!素直な太刀筋に似合わぬ老かいな仕掛け!面白い!この人の剣は面白い!
───けっ!今のを受けられちまうかよ。必殺のタイミングだぜ。この野郎とことん強ぇな!

 ぎゃん!
 ぎん!
 ぎゃいーん!

 真宮寺一馬は剣士である。強き敵と戦いおのが剣に磨きをかけることに無上の喜びを感じる男であった。
 その一馬の剣士としての魂が今喜びに震えている。
 そしてそれは一基も同じであった。
 いつの間にか真宮寺家の家人が皆道場に集まっているのにも気づかぬかのように二人は無心に撃ち合っている。
 どちらか一方でもミスをすれば即死に至る危険な舞を舞い続ける二人の間にはお互いに対する信頼感が生まれつつあった。
 それはサーカスの空中ブランコ乗り、時速300kmで戦い続けるF1パイロット同士の信頼感にも似ている。

───この人に勝つには殺すしかない。
   私をこれほどまでに追いつめたのは他に父しかいない。
───こりゃ結局は勝てねぇな。俺の方は目一杯なのにこの野郎まだ力を残してやがる。

ぎゃん!

 再び間合いを取って対峙する二人。
 一基の額にはわずかに汗が浮かんでいる。対する一馬に乱れはない。
 それがそのままこの二人の力の差であった。

───剣の腕は期待以上!あとは滅却の力を使えるかどうか!

 一馬の構えが変わった。
 試合を見守る真宮寺家の人々の顔色が変わる。

「あの構えは桜花放神!一馬様、まさかあれを人に当てるおつもりか」

 桜花放神は霊力の奔流で魔物を砕く真宮寺家の奥義である。
 本来害意のない者にはこの技は当たらない。
 だが今一基は一馬を仕留めるつもりでかかっている。
 その一基になら桜花放神は当たるのだ。
 当たればもちろん魔物すら滅する強力な霊力技である、人の身なら即死は免れない。
 だが一馬には確信があった。
 当てるつもりで放ってもおのが技は当たらないと。

「破邪剣征・桜花放神!」

 強力な霊力の奔流が押し寄せる。

───けっ!上等でいっ

「いええええええぇぇっ!」

 猿叫の声とともに一基は剣を跳ね上げその霊力の流れを両断する。
 桜花放神はまっぷたつに割れ一基の身体の両側に逸れていった。
 残心の構えを取る一基の手の中で滅却はぼんやりとした光を放っている。

「お見事!米田さん!ここまでにしましょう」

 一馬の声にようやく構えを解いた一基は額の汗を拭う。

「ふぅぅ!寿命が縮まったぜ。全くなんて技を使いやがる」
「信頼していたのですよ、米田さんを。あなたならきっと私の技を破ってくれるだろうと。
 もっとも私にしても全身全霊の一撃ではなかったのですがね」
「けっ!言いやがるぜ。見てろよ、そのうち全力のお前さんの技を破ってみせるぜ」
「それは無理ですね、あなたが進めば私も進む。負けませんよ」

 一基の口調にも一馬の口調にも砕けた調子が混じっている。
 このとき二人は友人となった。

「で、どうだい?俺は合格かい?」

 居住まいを正して一基が問う。
 一馬も表情を改めて答える。

「もちろんです。喜んであなたのお手伝いをさせていただきます」
「おお、そうか。ありがとよ」

 一基は一馬の手を取り一馬は力強く握り返す。

「母上、私は明日帝都に参ります。
 若菜、さくらを頼む。
 さくら、お母様のいうことをよく聞いて修行に励めよ。
 権太郎、今宵は宴だ。用意を頼む」

 仙台の地酒と若菜の心尽くしの料理。
 月明かりが雪に反射してぼんやりと光る庭に宴の影が踊っている。
 それが対降魔部隊最初の夜だった。



(了)




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