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「その名の下に」〜西道の乱〜その3
反乱終結後の昼下がり、その功により少将への昇進の内定した米田基次と半次郎、隼人、幻斎、右近ら抜刀隊の生き残りは亡くなった隊士を偲ぶために戦い終わった戦場に立っていた。
「お前ぇらのおかげでようやく反乱も収まったよ。どうかゆっくり眠ってくれ」
米田は腰をかがめて花束を地面に置く。
その体がびくんと震える。
後ろにいた半次郎らは信じられないものを見た。
米田の背から刀身が突き出ているのだ。
「ぐぅっ!」
呻きながらも米田は抜刀し地面を突き刺した。
地面がぼこりと割れ、中から血塗れの玄亀が飛び出してくる。
「ふ、やった、やったぞ秋人!」
そう叫ぶと玄亀は血だまりに倒れ伏し動かなくなった。
なぜ玄亀は妖魔を召還しなかったのか。
そうすれば自分が死ぬことはなかったかもしれないのに。
だが玄亀は秋人のためあくまでも自分の手で復讐を果たしたかったのだ。
そう言う意味では律儀な玄亀らしい最期であった。
全員に油断があった。そうでなくてはいかに玄亀が気配を消して地中に潜もうとも察知できたはずである。
その悔恨が場にいる全員の胸を錐のように抉っていた。
半次郎は米田を抱きかかえる。
隼人らも米田の近くに膝を突く。
血は続々と流れ出て止まる気配はない。
突き出た刀身はあの二階堂秋人のものであった。
「す、すまねぇな、みんな。油断しちまった」
「おっさん!しっかりしろ!なんだこんなもん!」
「米田さんしっかり!」
「俺は…平和に浮かれちまっていたようだ。
…常在戦場のこころがけを忘れて…しまっていた。
半次郎…いや一基!お前は米田の跡取りだ。
い…ずれその名の下に…兵を指揮せねばならん時が来る。
その時の…ために…俺の死に様を覚えておけ。
油断をした者はこうなる。将が過ちを犯せば兵まで巻き添えを食うのだ。
責任は…重いぞ。いいか忘れるな…『治に居て乱を忘れず』だ」
「馬鹿野郎!おっさん!何弱気なこと言ってるんでぃ!しっかりしやがれっ!おいっ!」
「隼人…幻斎、右近、…一基を頼む」
「米田さん!」
隼人が基次の手を握る。
幻斎、右近は唇を噛みながら頷く。
半次郎は眼をかっと見開き基次の顔を見つめ続ける。
何一つ見落とさずにおこうとでも言うように。
「じゃ…あな」
基次の首ががくりと垂れる。
その体が半次郎の腕の中で一気に重みを増した。
「うぅ、お、お、お、…親父ぃいいいいいいっ!」
その叫び声は秋の空に哀しく響きわたった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
陸軍派遣団が帝都に帰る日が来た。
その中には胸に基次の遺骨を抱いた一基の姿もある。
「ようやっぱり残らなくちゃいけねぇのか?」
「…ああ。それが私の務めだ」
「…そうか。俺はあの広い屋敷に独りぼっちなんだな」
「………」
一基はありありと寂しそうな表情を浮かべる。
それを見る隼人の表情も曇る。
「私も本当はお前と行きたい。…だが私は『隼人』なんだ」
「ああ、分かってる。…悪かったな、へへっ、いい年こいて駄々こねちまったぜ」
「………」
「これからは俺が米田の家を守らなきゃならねぇんだもんな。
駄々こねてる場合じゃねぇや。
俺は陸士を受けるぜ。そんできっちり受かってやる。
誰にも後ろ指を指させねぇ。
そんで胸張って言うのさ、俺が米田だってな!」
「お前が本気になればきっと出来るさ」
二人ともまだもっと何か言い足りないようなもどかしい気分になる。
しかしどちらもそれが何なのかを見つけることは出来なかった。
「…おう、そろそろ行くわ」
「ああ、気を付けて」
一基はくるりと背を向けて一直線に歩き出した。
その背を隼人の声が追う。
「一基!私の心はいつもお前と共にある!
しかしお前が私の力を必要とするときはいつでも呼べ!
必ず駆けつける!」
一基は振り向かない。
ただその右の拳を高々と挙げて応える。
それで通じた。
一基もまた同じ思いであることが。
高く澄んだ青い空の下に一基の背が溶けて消えた。
そして隼人は街道を反対方向に歩き出す。
秋風の中を滑るように飛ぶただ一匹の蜻蛉だけがその背を見送った。
(了)
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