Boorin's Short Stories inspired by Sacra

「手」



 ばくっ!
 肉にかぶりつきがつがつとかみ砕き飲み下す。
 男はひたすら喰っていた。
 飯を、野菜を、汁を。
 腹が減っては戦は出来ない。それがこの男の理屈である。戦いの前には十分なエネルギーと休息が必要なのだ。男は自分の経験からそれを知っていた。

「おうっ!俺は今から一眠りするから奴らが来たら起こしてくんな!」
「へいっ!」

 黄童子の一人が威勢良く答えた。
 他の連中は食事の後片づけに大わらわである。

 やがて喧噪は去り、何もない簡素な部屋には中央に置かれた火鉢にかかった鉄瓶からの「しゅんっ、しゅんっ」という蒸気の音だけが満ちる。
 やがてその男、金剛は床柱を背負い胡座のまま微睡みの中に落ちていった。




 夢を見ていた。幼い頃の夢だ。

 俺の家は小さな貧しい集落を束ねる顔役だった。
 お上からも民衆からも見捨てられた奴らの吹き溜まり。
 ここに住む奴の誰も過去を語らないし、また未来も語らない。
 今という時間しかない見捨てられた場所だ。
 そんな場所だが仲間の結束は強かった。
 身内が言うのも何だが親父の人徳だろう。
 俺はそんな親父を尊敬していた。
 あの時までは。

 その集落に一人の女の子がいた。
 漆黒の髪に濡れたような黒い瞳。
 将来はえらいべっぴんになるってのが一目瞭然で分かる顔立ちの娘だった。
 その娘はなんでか知らねえがえらく俺になついていつもまとわりついてきた。
 俺はまんざらでもない気分だったが、手下共の手前もあってわざと邪険に扱ったこともあった。
 そういう時、そいつはすごく寂しそうな表情したもんだ。
 だから、時々は仲間に入れて遊んでやった。
 その時の嬉しそうな顔は今でも忘れられねえ。

 そんなある日の事だった。
 集落によそ者が入ってきた。見るからに凶悪な面したごろつきと陰険な顔した爺の二人連れだ。そいつらは、その娘を連れに来たのだという。何でも娘の親が不義理な借金をしたカタだそうだ。

「ここは過去も未来もない場所。引き取って貰おう」

 親父がそう言った刹那。
 ごろつきが親父に襲いかかった。
 親父だってだてに顔役をやってるわけじゃねえ。やっとうの心得はあった。
 打ちかかってきたごろつきをアッという間にのしちまった。
 爺は少しおどろいたようだったが、嫌みな薄ら笑いは収まらなかった。

「いいのかな。わしに逆らうということはこの場所がなくなるということじゃぞ」
「何だと?」
「この土地はわしのものじゃ。わしがお上に訴え出ればお主らはここを出ねばならんのじゃぞ」
「そんな筈はない。ここは天領じゃ。お上の直轄のはず」
「時代が変わったのじゃよ。今はわしがお上からこの土地を下げ渡されたのじゃ」
「………そんな」
「分かったようじゃの。では連れて行くぞ」
「………」

 爺はごろつきを蹴り起こすと少女を連れて行こうとする。
 親父はもう止めようとはしなかった。

 負けた!親父は負けた!

 娘は俺を見る。
 俺は思わず手を伸ばして娘の手をとる。
 すこしひんやりとした手だった。

 だが、それも束の間。
 いきなり目の前が真っ暗になって俺は吹っ飛んだ。
 ごろつきが俺を殴り飛ばしたんだ。

「けっ、ガキが!愁嘆場のつもりかよっ!」

 俺は無我夢中でごろつきに向かっていった。
 だが、ただ一方的にやられるだけで俺は何にも出来なかった。

 悔しかった。
 親父が負けた訳の分からねえ力どころか、下らねえごろつきにさえ勝てなかった。
 強くなりてえ。
 親父より、ごろつきより、そして訳のわからねえ爺より。
 ただそう思った。
 強くなけりゃ守りたいもんも守れねえ。

 そして俺は集落を抜け出した。
 何も当てがあったわけじゃねえ。
 ただ強くなりたかった。
 だから家を出た。




 大神一郎と帝国華撃団。
 奴らは強ええ。
 タイマンなら俺の方が明らかに強ええ。
 大神だろうが誰だろうが、簡単にぶっ殺す自信がある。
 だが、奴らがまとまった時の強さは底が知れねえ。
 何でだ。
 分からねえ。

(ふふ、相変わらず馬鹿ネ。そんなことは本気で戦えば分かるわ)

 ふと水狐の声が聞こえた気がした。
 もちろん気のせいだ。
 水狐が俺にそんな言葉をかけるはずもねえからな。
 だが、吹っ切れた。
 やるしかねえんだ。
 俺の全てで奴らを打ち負かす。
 そうすりゃ答えは後からついてくるさ。
 だから見ていてくれ、水狐。
 俺の戦いを。




「大将!出番ですっ!」

 黄童子の声が眠りを破る。

「おうっ!」

 へへっ、行くぜ帝国華撃団。
 俺の強さが上か、お前らの強さが上か。
 勝負だ!




 金剛は無我夢中で戦った。
 全てを忘れて戦いに没入する顔には笑いすら浮かんでいる。
 そして的を大神一人に絞って攻撃をかけ続ける。
 華撃団の強さの秘密は大神にあると睨んだからだ。
 だが、花組の面々がなかなかそれを許さない。
 倒れても倒れてもお互いにかばい合い、励まし合い大神を守って戦う。
 ボロボロになった機体で目の前に立つ少女に胸を痛めながらも止めをさそうとするが、今度は大神がかばいに入る。
 そしてその二機が手を取り合い、凄まじい霊力を放出した。
 配下を全て失った金剛の機体はそれをまともに喰らう。
 荒れ狂う霊力の嵐の中で金剛は自らの死を悟った。




 水狐よ。
 お前の面差しはどこかあの娘に似ている。
 ………京極様には感謝している。力をくれたからな。
 だが実のところ俺にとっちゃ京極様の理想なんざどうだって良かったんだ。
 俺が黒鬼会に入ったのはただお前がいたからだ。
 俺が守れなかった娘に似たお前が。
 今度こそ守ってみせる。
 そう思ったのさ。

 奴らの強さの秘密が分かったぜ。
 奴らはお互いの手を取り合って戦っているんだ。
 お互いがお互いを守りたいと想ってな。

 水狐よ。
 もしもお前が俺の差し出した手を取ってくれていたなら、結果は違ったかもしれねえな。
 だが、お前は最後まで俺のさしのべた手を取ってくれなかった。
 俺はそれが悔しい。
 お前がどう思っていたかは分からねえが俺だけはお前の味方だったぜ。
 それを分かってくれなかったのが悔しい。
 俺の求めてきた強さはまたも守りたい者を守れなかったのかってな。
 ただそれが悔しいぜ。

 へへっ、あの世で会うことがあったら今度こそ俺の手を取ってくれるかなぁ。




「うおおおおおおおぉぉぉっ!」

 最期の瞬間、金剛は何かをつかもうとでもするかのように右手を高々と天に向かって突き上げる。
 だが、高く差し上げられたその手もほどなく金剛石の輝きを放ち四散した。


(了)
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