真っ暗な道をふらふらと歩いている男がいる。 この時期まともな酒はない。 安酒がしたたかに回っている。 政治犯収容所の角に差し掛かったとき、収容所がぼうっと光った。 次の瞬間には収容所のあった場所は空き地になっていた。 男は頭を振り目を凝らした。 するとまた空き地がぼうっと光り収容所の建物が現れた。 屋上にはぼんやりと光る人影が。 「ひぃっ!」 魂消た男は酔いも吹き飛び、一目散に逃げ出した。 闇夜をサーチライトの光が照らし出した。 その光の中に、映っては消え、映っては消えする小柄な影は、 身軽に場所を移動すると、隠していたジープに乗って逃走した。 機銃がそれを追うが、防弾仕様になったジープは見る見る間に小さくなった。 「撃ち方、止め。 工場内に不審な形跡がないか調べよ。 新型爆弾を狙った敵の工作員だろう」 「はっ」 「ふう、危なかったわ。 そやけど、あないに警戒が厳重やったら、 忍び込んで新型を爆破することがでけへん。 こうなったら、強攻策しかないか」 黒づくめの服を脱ぎ捨てた紅蘭は呟いた。 明かりを消した部屋で、規則正しい呼吸音がする。 男が一人座っている。 やがて男の体がぼんやりと光り始める。 一瞬後、男の体は天井近くに浮いている。 次の瞬間、男は文机の前に。 ベッド。 ドア。 次々と移動していく。 最後に元いた場所に落ち着く。 白い輝きは徐々に薄れてゆく。 「よし、制御は完璧だ」 大神一郎は、ゆっくりと額の汗を拭った。 「ドクター・リー、聞いたかね? 昨日、霊子爆弾の工場に敵工作員が潜入したそうだ。 もっとも仕掛けられた爆薬は全て撤去して被害はなかったようだが」 「へえ、そんなことありましたんか。うち、知りませんでしたわ」 霊子爆弾開発統括責任者、ドクター・オーベルシュタインは温厚そうな顔の中にある 何者をも冷徹に見通す光をたたえた目を紅蘭に向けていた。 オーベルシュタインは紅蘭の目を見据えたまま、ゆっくりと言った。 「まあ、日本を爆撃するための霊子爆弾はすでに太平洋にあるがね。 近いうちに日本のどこかに投下されるだろう。 もちろん、君の付けた安全信管を外してね。 その時には私も同行するつもりだ。 良いデータが取れそうだよ」 瞬間、紅蘭の表情が変わる。 「なんやて?どういうことや!」 「君の付けた信管は確かに反応を制御して、連鎖させるという意味では必要なものだ。 だが、いかんせん制御が効きすぎるきらいがあるのでね。 中性微霊子の放射量が少なすぎるのだよ。 それでは中性微霊子の人体に対する影響をテストできないのでね。 君の信管を参考にして作った私の信管を付けさせてもらったよ」 「あ、あんたは人間の体で爆弾のテストしようて言うんか?!」 「悪いかね?どうせ彼らは玉砕戦法などという不合理な戦法を取るような人種だ。 どうせなら我々の役に立つデータを残して死んでいった方が人類に貢献できるだろう」 「あんたも中性微霊子が人間の攻撃性を異常に高めるっちゅう報告は読んどるんやろう? そんなもん落としたらこの世の地獄が生まれるやないか。それを承知でやるっちゅうんかっ?」 「なぜ、そんなにいきり立つのか分からんね。たかが黄色人種の一民族くらいどうってことないじゃないか。おっと失礼。君も黄色人種だったね。だが、君はアメリカの市民権を持っている立派なアメリカ人だから気にすることはないよ」 パシンッ! オーベルシュタインの頬が鳴る。 「な、何をするっ!」 「あんたは科学者としては超一流やけど人間としては屑や! そんなことはうちがさせんっ!」 駆け出して行く紅蘭をオーベルシュタインは冷たい偏執的な眼で見送る。 「覚えておけよ、必ず後悔させてやる」 オーベルシュタインはきびすを返すと早足でその場を立ち去った。 「ヴァレンタイン中将、彼らは一体日本のどこに霊子爆弾を投下するつもりなのでしょう?」 「分からない。今、うちの連中に探らせているところだ」 その時、超小型キネマトロンの着信音が鳴った。 「マリアはん、大変やっ!霊子爆弾はすでに太平洋に運び込まれてるようやで」 「なんですって?どこから、そんな」 「オーベルシュタインや。あいつがそない言うとった」 「むう、太平洋の空爆の拠点と言えば、グアム、サイパン、テニアンだな。 よし、この三島に絞って探りを入れてみよう」 「「お願いします、中将」」 「うむ、爆弾の所在が判明し次第連絡する」 テニアンの飛行基地に特別機が着陸した。 オーベルシュタインは、足早に霊子爆弾の元に向かう。 投下予定の「エル・ニーニョ」に装着した霊子水晶を倍にするよう指示した後、 爆圧、放出中性微霊子量の再計算を始めた。 「絶対、後悔させてやる」 旧大帝国劇場の地下にはマリア、アイリス、紅蘭を除く花組の面々が集まっていた。 「大神さんの指示でここに来ましたけど、何があるんでしょう」 「分からねえな。でも、隊長のことだから何か考えがあるんだろうぜ」 「そうだね」 「でも、指定の時刻まであと一分デスよ」 「!!!、何かが来ますわ」 すみれの声と同時に皆の眼前に不定形の白い影が現れる。 それは、ゆっくりと形を変え、やがて大神の形をなした。 「「「「「!」」」」」 「みんな、しばらくぶりだった。元気そうで良かったよ」 「あなた、どうして」 「君たちの目の前にいるのは、俺の投影さ。空気に俺の星幽体を投影しているんだ。 本当は実体ごとそちらへ行きたいんだけど、霊力を温存しておきたいのでね」 「大神さん、いつの間にそんなことが」 「脚の力を失ってから、異常なくらいに霊力が高まり始めたんだよ。それで、霊力を制御する訓練をしているうちにこういうことが出来るようになったんだ」 「ところで、あたい達を集めたのはどうしてだい?」 「うん、そのことなんだが、どうやらアメリカは日本に霊子爆弾を投下することを決めたようなんだ」 「なんですって?それはいつですの?」 「いや、今のところ、日時も場所も分かっていない。マリア達が必死で突き止めようとしてくれている」 「ボク達に光武で待機しろってことだね」 「その通りだ。霊子爆弾の二次効果を防ぐためにはどうしても霊力が必要だ」 「でも、具体的にはどうするデスかー?」 「そのことなんだが、基本的には八鬼門封魔陣を使おうと思う。 爆弾を中心におくように八機の光武で取り囲むんだ。俺の機体は爆弾上空におく。 要するに、八角錐の霊力の檻を作ってその中に中性微霊子やある程度の閃光、熱波、衝撃波を閉じこめてしまうんだ」 「なるほど、それしかなさそうですね」 「うん、だけどそれだけでは解決にはならない。こんな爆弾を二度と作らせないようにするためには、これだけでは不足なんだ。・・・だが今はこれしかない。 だから、君たちにはいつでも出撃できるよう光武で待機して欲しい」 「「「「「了解」」」」」 「よろしく頼む」 空中に浮かんだ大神の似姿は、やがて光を失い煙のように消え失せた。 「圧倒的な霊力だ」 「ホント、体が震えましたー」 「なんだか神様のような『気』を感じましたね」 「でも、隊長は隊長さ」 「・・・そうですわね。(あなた、あまり無理なさらないで)」 懐中時計を胸の前に両手で抱きながら、すみれは大神を想った。 霊子爆弾投下まであと36時間。 爆撃の下調べに偵察機が飛び立った。 オーベルシュタインは、ワシントンにテレスコープヴィジョンをかける。 「はい、気象条件さえ良ければ、投下は予定通り広島に行います。 ・・・。 はい、私もエズラ・ガイの後方よりデータ収集と撮影を行う予定です。 爆発の模様はリアルタイムで大統領の元にお届けできると思います。 ・・・。 はい、何の問題もありません。爆圧や熱線、中性微霊子の有害影響範囲は計算してあります。 その外から観察は行いますので。 ・・・。 はい。ありがとうございます。ではまた後ほど」 爆弾投下まであと8時間。 「爆弾の所在が分かったぞ。テニアンだ。だが、もう時間がない。 爆弾はすでに広島に向かって飛び立った後だ」 「なんてこと!大至急隊長に知らせなければ」 「これ使い。加山はんも同じもん持っとるさかい」 紅蘭が超小型キネマトロンをマリアに差し出す。 「ありがとう。・・・・あ、加山さん。マリア・タチバナです。 大至急大神隊長に連絡を取って下さい。 爆弾の所在が分かりました。すでにテニアン島を飛び立ち広島に向かっている模様です。 恐らくあと6時間ほどで広島上空に進入することになると思います」 「分かりました。大神には私が伝えます。それであなた方はどうされますか?」 マリアと紅蘭はヴァレンタイン中将を見た。 ヴァレンタインは無言で頷いて見せた。 「私たちは、Silent Frontiers の空中空母 Great Eagle でそちらに向かいます。 最大速度で飛ばせば何とか時間までに間に合うと思います」 「分かりました。大神にはそう伝えておきます」 通信は切れた。 「さあっ、急ぐわよ」 「はいなっ!」 爆弾投下まであと6時間。 「よう、大神」 「加山か」 真夜中の収容所、加山が大神の独房のドアの前に立つ。 いかに警戒厳重な収容所といえども、加山の隠形の術の前には進入を拒むことなど不可能であった。 「爆弾は広島に向かっているそうだ。あと5時間ほどで広島上空に到着する予定だ。 マリアさんと紅蘭さんも、 Silent Frontiers の空中空母で現地に向かっている。 投下までには何とか間に合う計算だそうだ」 「何?!そんなに急なのかっ! ・・・加山、帝撃司令室のみんなにそのことを伝えてくれないか。 俺はアイリスを司令室に呼び寄せる」 「そんなことができるのか?」 「ああ、霊力は温存しておきたかったんだが今はそんなことは言っていられない。 アイリスの準備が整い次第、翔鯨丸で広島に向かわせてくれ。 俺とマリアと紅蘭の機体も積み込むのを忘れないようにしてくれ」 「分かった。あまり無理するなよ。 ・・・別れは言わんぞ」 「ありがとう、よろしく頼む」 自室で読み物をするアイリスの眼の前に大神の星幽体が姿を現した。 「お兄ちゃん!」 「アイリス、霊子爆弾が今日本の広島に向かっている。 爆弾の二次被害を防ぐためにはどうしても君の力が必要なんだ。 来てくれるね」 「当たり前だよ。アイリスはお兄ちゃんのためなら何だって出来るよ」 「ありがとう。じゃ今から俺がアイリスを帝撃司令室まで運ぶ。 そこで光武に乗り込んでから、みんなと一緒に翔鯨丸で広島に向かって欲しい」 「うん、分かった」 大神の星幽体はアイリスを抱くように包み込むと転移した。 二人の姿はかき消え、残された机の上の手紙が風に舞う。 爆弾投下まであと5時間。 運命の前触れ、不吉な死の天使が広島上空に進入した。 天候偵察用のB29である。 「現地時刻午前7時、広島は快晴」 「了解、予定通りエル・ニーニョを投下する」 「測定機のチェックは完了したか?」 「はい、全て完了、異常なしです」 「よろしい。何しろ世界初の実験だ。 こんなチャンスはそうそう巡ってくるものではないからな。 念を入れすぎるということはない」 エズラ・ガイやや後方に飛ぶもう一つのB29内のオーベルシュタイン博士は、 中性微霊子測定装置をいとおしそうになでながら眼を細めた。 「全く楽しみなことだ」 爆弾投下まであと1時間。 規則正しい呼吸音。 大神は自らの巨大な霊力の最大放出に備えて気息を整えている。 霊子爆弾によって放出される中性微霊子を完全に封じ込めるためには、 膨大な霊力が必要となるのだ。 花組の霊力に大神の霊力を併せても、ギリギリ間に合うかどうかであった。 大神は意識を広島に飛ばした。 閉じた眼の裏側に広島の様子が映る。 快晴。 翔鯨丸は広島上空で待機している。 マリア達も到着したようだ。 光武に乗り込み待機している。 大神の光武もすでに起動済みである。 その時、蒼穹にキラリと銀の光が眼を射した。 「来たか。・・・やはりこれしかない」 大神は何事かを心に決めると空間を転移した。 爆弾投下まであと5分。 翔鯨丸、霊子甲冑格納庫。 大神の機体の周囲に蛍の群舞のような白い光が現れる。 その光はコックピットの中に集まり、人型を形づくり始めた。 完全に実体化した大神はハッチを閉め檄を飛ばす。 「みんな、よく聴いて欲しい。 霊子爆弾によって放出される中性微霊子を完全に無害化する為には莫大な霊力が必要となる。 霊力が枯れるまで絞り出す必要があると考えておいた方がいい。 おそらくこれが花組最後の戦いになるだろう。 だが、これは一つ日本という国の為だけではなく、人類全体の為の戦いだ。 どうか俺に力を貸して欲しい」 「どこまでもあなたについて参ります」 「お供します」 「あたいはいつだって全力だぜ」 「あの爆弾はうちの手で葬る」 「隊長についていきます」 「アイリスも一緒だよ」 「隊長サンのためにがんばりマース」 「行こう」 「ありがとう、みんな。 ・・・行くぞ。 帝国華撃団、出撃せよ!」 「「「「「「「「了解!」」」」」」」」 午前8時15分。 ついに死の翼が広島に影を落とす。 目視により投下地点を確認したのち、エズラ・ガイは死と破壊の子を吐き出した。 投下直前、オーベルシュタインはテレスコープヴィジョンに向かっていた。 「大統領、ただ今からエル・ニーニョを投下します。 映像を機体カメラのものに切り替えま・・・ 何だっ?あれは!」 「エル・ニーニョ」の投下と同時に大神は全機体を転移させる。 爆弾の放物軌道を計算し、爆発予想位置の下方空間に八機の機体を八角形に布陣する。 大神自身の機体は爆発予想位置の上方におく。 爆弾が落ちてくる。 不吉な鋼の黒光りまでが見えるようだ。 「臨!」菫色の霊光がすみれからマリアへ。 「兵!」濃紺の霊光がマリアからレニへ。 「闘!」ジャーマングレイの霊光がレニから紅蘭へ。 「者!」緑色の霊光が紅蘭からアイリスへ。 「皆!」金色の霊光がアイリスからさくらへ。 「陣!」桜色の霊光がさくらから織姫へ。 「列!」イタリアンローズの霊光が織姫からカンナへ。 「在!」鮮紅色の霊光がカンナからすみれへ。 「前!」大神機から全ての機体に眩い白色の霊光が走る。 その瞬間、広島上空約600米で霊子爆弾、「エル・ニーニョ」は炸裂した。 オーベルシュタインの眼前には異様な光景が広がっていた。 空中に浮かんだ巨大な氷山のような八角錐の光の檻が爆発を封じ込めながら上昇している。 データ収集、撮影用の進路を取るオーベルシュタインの乗るB29はその光の檻に突っ込む形になった。爆煙の中の稲妻が不吉に光る。ようやく雲を突き抜けたときにはオーベルシュタインをはじめとする搭乗員達の精神は破壊されていた。 やがて爆発を封じ込めた光の檻はかき消すように広島上空から姿を消した。 その一部始終は、東京、パリ、ワシントン、ローマ、ロンドン、アテネ、バグダッドなど 世界の国々の首都上空にも投影されていた。 光の檻の中で赤黒いキノコ型の爆煙が巨大な生物のようにのたうっている。 その中に時折光る稲妻が禍々しく見る者の心を浸食する。 ある者はそこにアーマゲドンを見、ある者はラグナロックを見る。 まさに悪魔的な爆弾の爆発は見るだけでも人の心に不吉な不安感を呼び起こした。 後に人々はそれが霊子爆弾の爆発であったことを知る。 米大統領ドールマンは戦慄していた。 見たくないにも関わらず、その映像に魅入られたように眼を離すことができない。 オーベルシュタインからのテレスコープヴィジョンの中には地獄があった。 10人の搭乗員がお互いに殺し合っている。 口汚く相手を罵りながら、首を絞める。 噛みつく。 口は頬まで裂け、眼は異常な内圧のために毛細血管が切れ、真っ赤に充血して飛び出している。 お互いに血みどろになりながら相手を殺す。 普段は温厚そうなオーベルシュタインも例外ではなかった。 ひときわ残酷にひときわ荒々しくあいての肉を裂き血をすすっている。 やがてテレスコープヴィジョンが破壊され映像がとぎれてもドールマンはしばらくの間、動くことが出来なかった。 「我々はこんなものを作ってしまったのか」 「みんな、頑張れっ!」 異常な圧力で膨れ上がる爆発と中性微霊子の渦を花組は必死で押し返している。 もはや誰も口を利けないほど力を絞り尽くしているのだ。 大神自身も限界に近いほどの力を絞っている。 だが大神にはまだやらねばならないことがある。 世界主要都市への映像の投影。 爆弾を無力化するだけでは意味がない。 その爆弾がどういうものか、人類にとってどのような意味を持つものかを人々に強烈に知らしめる必要があった。 このような凶悪な兵器は作るべきではないと世界中の人々が身にしみて思うこと。 それがこれ以上の霊子爆弾の拡散をくい止める力になると大神は考えたのだ。 自分自身の中からさらに霊力を絞り出す。 世界の空にこの世界の終焉を思わせるような光景が投影される。 更に大神は力を振り絞ると光の檻ごと空間を転移した。 マンハッタン沖上空。 不吉な爆煙を閉じこめた光の檻が出現した。 アメリカの開発した魔兵器をアメリカに封ずるために大神は光の檻をマンハッタンまで移動させたのだ。 「みんな、これが最後だ。封印するぞ」 「「「「「「「「り、了・・・解!」」」」」」」」 全員がさらに自らの霊力を絞り出す。 それに伴い光の檻が収斂していく。 やがて光は一つの点になり消えた。 人の心の闇の具現、霊子爆弾はマンハッタンの地に封印された。 霊子爆弾の開発計画のコードネームとの一致は運命の皮肉というべきである。 これより10日後、大日本帝国は無条件降伏を受け入れた。 長く続いた戦乱は終わりを告げ、暗い時代もようやく夜明けを迎えたのだ。 日本には連合軍が進駐し、政治犯収容所は開放された。 だが、開放された政治犯達の中に大神の姿はなかった。 大神は大戦初期のアレキサンダー撃沈によって戦犯として巣鴨の収容所に移された。 占領軍総司令ダグラス・マッケインは強硬に大神の有罪、死刑を主張した。 しかし、シャトーブリアン家、ソレッタ家、亡命ユダヤ人組織による強力な弁護、 そして何よりも大戦末期、霊子爆弾の危険性を世界に知らしめたのが大神であるということが明らかにされるにつれ、世界の世論が大神を「私心のない真実の人」であると評価したことにより、大神の無罪が確定した。 釈放された大神を待っていたのは首相就任の要請であった。 元々が海軍兵学校主席のエリートであり実務にも優れている上に、 国際世論の後押しがあるのであるから当然と言えば当然であった。 熟考の末、大神は最終的にこれを受けた。 大神は戦後の日本を教育から立て直すと共に、自分の助命に力を添えてくれたアメリカ大統領ドールマンと組み、世界から悲惨な戦いを無くすことに力を尽くした。 晩年の大神の執務室やねだられるサイン色紙にはいつも一つの言葉があった。 すなわち、「不屈」と。 そして大神は、80歳の誕生日に子供達や孫達、花組の面々に囲まれて静かに息を引き取った。 その顔は安らかな微笑みを浮かべていたと言う。 気が付くとすみれは帝劇の舞台袖に立っていた。 年もあの頃に戻っている。 身につけるのはシンデレラの衣装。 すみれが初めて大神と共演した思い出の舞台である。 舞台に進み出る。 そこにはあの頃の大神がいた。 王子の服をまとっている。 「やあ、そろそろ来る頃だと思って迎えに来たよ」 「あなた、ようやく会えましたわ」 舞台中央で寄り添う二人。 「じゃ、行こうか」 「はい」 そして舞台は柔らかな光に満ち、全てがその光の中に溶けていった。 夜明けの寝室で、枕元に2つ並べて置かれた懐中時計は、 寄り添うように時を同じくして停まった。 それらの時計はもう二度と動くことはなかったという。 (完)
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