滞在先の李さんは国王の子孫!

訪 韓 旅 行 記

(05/07/15〜05/07/18)

 

国際交流団体フレンドシップフォースのプログラムで数年前に我が家にホームステイした韓国の李さんから訪韓を進められて5年。

「それじゃ、行ってみるか」と重い腰を上げて韓国旅行に行ってきました。

我が家に来たときから「ただ者ではない」と感じていましたが、なんと我が家に泊まった李さんは韓国の李国王の子孫で初代大統領の親戚でした。

韓国の李王朝の歴史を学んだり、日本人拉致で注目の北朝鮮の国土の一部を垣間見ることができ、なかなか楽しい3泊4日の旅でした。

少々解説不足な部分もありますがご笑覧下さい。


7月15日新潟空港発仁川空港行

久しぶりの海外旅行に、ワクワク、ドキドキ。

行きの飛行機の客席の2/3は韓国人で、東京ディズニーランドの土産袋を持った若者が多い。

 

機内乗務員は、当然韓国人。

アニョハセヨー(こんにちは)の挨拶がなかなか好感。

仁川空港からソウルへ

ソウルへの所要時間は飛行機で約2時間。

夕刻に到着し、空港に迎えにきてくれた李さんと久々の再会を喜び、車で一路ソウル市内へ。

 

空港からソウル市内へは車で約1時間。

李さんのHUNDAIの車でソウル郊外のハイウェイをひた走る。夜景も素敵。


3泊お世話になった李さん宅の全景

7月16日早朝に撮影した李さんのお宅。

古いがしっかりした造り。

シャッターの下りた部分が車庫。

防犯のために外出のたびに玄関の鍵は必ず施錠。

朝の散歩から帰ってもインターホンで連絡。

「泥棒は多いの?」と尋ねると「結構多い」という回答が返ってくる。

24時間施錠無しの日本の田舎暮らしの我が家に比べるとセキュリティへの配慮がうかがえる。私たちのためにバストイレ付きの部屋が1室キープされていた。感謝。

 

 

8年ぶりの再会に感動

 

8年ぶりに再開した李さんの家族との写真。

前列右が李さん78歳で元土建関係会社の会長。(国会議事堂を建設したとか・・・)

左の奥様は70歳。

黄色いシャツの娘さんは○○歳。

(建築関係のデザイナー。独身。)

久しぶりの再会はまるで「世界ウルルン滞在記」の「再会編」のようでした。

ちなみに、右後ろのテレビは日本のNHKの日本語放送が視聴できるので、韓国にいながらにして新潟の天気予報なども視聴。

 

 

1日目は李さんの車で観光へ

 

HUNDAIの高級車。

3泊4日の旅行期間中、日本製の自動車は1台も見当たらなかった。

狭い道路にところ狭しと駐車している車が多い。

日本なら路上駐車で罰金の筈であるが、結構おおらか。

自動車保有率は人口の1/4・・と李さんの解説。

「選挙で負けるから代々の大統領は駐車違反の法律は作らない」という李さんの説明に納得。

ちなみにソウル市内の幹線道路は殆ど片側4車線でした。

 

 

ソウル市内

 

あちこちに高層ビルが立ち並ぶ新しい町並みが目を引く。高層ビルが多いのは土地の狭さか。

 

緑多い普段の田舎生活からかけ離れた都会の生活で、私は3日間の便秘。(結構デリケートです。)

4日目の朝にようやく「出た〜」と思ったらキムチの食べすぎでお尻が熱いほどの○○○でした(笑)。

 

 

 

李さんは国王の子孫で第43世

 

私たちがホームステイをした李さんの話には時々李王朝の話が登場する。どうも何かの関係がありそうなので国王との関係を質問したところ「全州李氏益陽君派譜」という本を持ち出して、国王との関係を説明してくれた。

なんと、李さんは1392年から1910年まで518年間、韓国を統治した李王朝の子孫だったのである。

説明によれば、李さんは国王を務めた李一族の43代目。

写真の書籍の「全州李氏」とは国王の直系の李一族のこと。「益陽君」とは第10代国王の子どもの名前で「派譜」はその一族の系図を示す意味を持つ。

 

 

 

李王朝の家系図

 

 

これほどまでに王朝の資料が整理されているのは世界的に珍しいので、いずれ世界遺産への登録を申請する予定・・という家系図の説明を聞く。

李家は、まぎれもない王朝の一族。

 

「これは偉い人と知り合いになったものだ」と驚くばかりでした。

 

 

 

 

宗廟(チョンミョ)の祭礼写真

 

李さんが今年(2005年)5月1日の宗廟(チョンミョ)の祭礼で国王役を務めた時の写真。

国王の子孫である李さんは、社団法人全州李氏大同宗約院という宗廟(チョンミ)保存会の副理事長も務めている。

国王の子孫であり、その遺産の保存をライフサイクルとしている李さんは立派な人物。

 

「お金がかかるばかりでもうからない仕事」と説明していたが、その仕事の重さは人並みではない。

 

 

 

 

 

李王朝の遺産

 

李王朝の子孫である李さんは李王朝の遺産を全部案内してくれた。

「昌徳宮(チャンドックン)」、「景福宮(キョンボックン)」、世界遺産の「宗廟(チョンミョ)」・・・いずれもソウルの有名な観光地である。

普通の観光客にとってはヨン様ツアーの前の時間潰しの退屈な観光コースであるが、李王朝の子孫の李さんが案内していると思うと身が引き締まる。

いずれもが李王朝の偉大な遺産なのだ。

「ソウル市内にこれだけの遺産が保存されていることに感謝しなければならない」という李さんの言葉が忘れられない。

     
 

 

ゴルフ帽に世界遺産のマークが・・・

 

李さんの日課は、朝の散歩とゴルフクラブの素振りから始まる。

私たちの寝室脇のベランダでクラブの素振りをしていたが、クラブになにげなく置かれていた帽子にはユネスコの世界文化遺産のマークが・・・。

副理事長として保存活動をしている宗廟(チョンミョ)と、毎年そこで開催される祭礼はユネスコの世界文化遺産。

「壊れたときの修理はユネスコが行います」と話をしていたが、その維持には大変な努力が必要な筈である。

 

 

 

 

 

 

初代大統領も李さんの親戚

 

「国立墓地を見ないか」という李さんの誘いで国立墓地を見学に。韓国の初代大統領の墓の前で、李さんが「初代大統領も私の親戚」というから、またまた驚き。

韓国の初代大統領は間違いなく李一族の「李承晩」。南北戦争で、ソウルが陥落し、南の釜山まで追い詰められた李承晩は、旧知の仲だったアメリカのルーズベルト大統領に電話で助けを求め、これをきっかけにアメリカが南北戦争に参画したという歴史の説明を受ける。

なんと、李さんは国王も大統領も親戚だった。(驚)

 

 

漢江沿いの見張り小屋

 

李一族の遺産の見学の後、北朝鮮を見たいという私たちの要望で、李さんの車は韓国北部の都羅(ドラ)展望台を目指した 。ソウルから車で約1時間の国境が近くなるにつれて、銃器を持った若い兵士がいる道路沿いの見張り小屋が目を引くようになる。

川からの北の侵入を防ぐために鉄条網が張られており、休戦とはいうものの戦争状態にある南北両国の関係がひしひしと伝わってくる。銃を持ち見張っている若い兵士の姿を 見ると、韓国の安全は彼らによって守れていることが伝わってくる。

 

 

     
 

 

丘の上の都羅(ドラ)展望台

 

「あれが展望台だよ」と李さんが車の中から指をさす。

あの展望台のすぐ向こう側が北朝鮮だと思うと気分が高揚してきた。

この近くには、北朝鮮がソウルに侵攻するために掘削したと言われているトンネルや休戦条約の舞台となった板門店がある。

(北朝鮮と国連軍が管理する板門店へは事前に予約しないと見学できない。今回の旅行で是非見学したい場所のひとつだったが予定がたたないため断念。)

 

 

 

 

 

北朝鮮が見える都羅(ドラ)展望台(写真奥)で焼酎を購入

 

展望台へは一般車の乗り入れが禁止されているためシャトルバスに乗り換えて移動。非武装地帯をはさんで北朝鮮まで2キロ程度とあって、武装兵士の人数が一層多くなり緊張感が伝わってくる。

せっかくなので展望台の北朝鮮の売店で焼酎を購入することに。「ビンの栓が不具合だから漏れないものを下さい。日本に持ち帰るんだから」・・・と李さんが店員に伝えたところ、数本がハネられた。

液漏れが心配なので、念には念を入れ、ナイロン袋で2重に巻いて機内持ち込みの荷物に立てて持ち帰ったが、北朝鮮の商品のレベルはこの程度のものな のかも知れない?

 

 

ついに見た北朝鮮の農村

 

都羅(ドラ)展望台からズームで撮影した北朝鮮の農村。空気が澄んでいなかったため不鮮明だが、手前が水田で、あちこちに白いビルが見える。

都羅(ドラ)展望台ができてから、農村なのにビルが建ったという。

「建物の灯りの点灯と消灯が一斉のため、人が生活している建物ではなく北朝鮮の国勢を誇示するためのイミテーションと言われている」「何も信じられない国が北 朝鮮だ」・・という李さんの説明が現実を表現しているように思える。

確かに、農村の風景としては不自然である。
 


 

 

ソウルの繁華街「明洞(ミョンドン)」

 

3日目はソウル市内観光。

東京の銀座や原宿を思わせる繁華街。

李さんと私は顔を見合わせて「私たち二人が平均年齢を上げているね」・・・と。

とにかく若者、それも女性が多く、男性に嬉しいミニスカ、ノーブラ嬢が多い。

時々、振り返りたくなるほどの韓国美人とすれ違う。

日本人も美しいが韓国人も美しい。(笑)

 

 

 

南大門市場

 

広い南大門市場の売れっ子ナンバーワンはこの写真。

売り場の高い台に立って客を引いている男性。

売っている衣類はどれも300円。

歩いて見ているだけの客が多いのに、このお店だけは押すな押すなの人だかり。

「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。どれもポッキリ300円。買わない手は無いよ〜」と言っているような気がしました。

異様な胸の盛り上がりとスネ毛が素敵。

 

 

やはりビールはバドワイザー

 

宿泊した李さん宅から歩いて5分にコンビニ発見。

夕食前の散歩でバドワイザーとポテトチップスで晩酌を一杯。

枝豆があれば天国なのにそれは贅沢というもの。

歩道のベンチで一杯飲んでいたら韓国人に道を尋ねられた。

「We are Japanese」で相手も納得。

バドワイザーやアサヒスーパードライは日本と同じ値段でした。ちなみらスーパードライの350CCは2700ウォン(約270円)

 

キムチ製造中の絵

 

まちのあちこちでキムチを作っている場面に遭遇する。

「キムチには5種類あり、醗酵と保存温度で食味が決まります」と李さんが説明してくれた。

確かに、いろんな場所でキムチが出てくるが微妙に味が違う。

 

 

 

参鶏湯(サムゲタン)

 

韓国の料理はどれも美味しいものばかりで価格も安い。

最後の夕食は、李さん家族に感謝の意味をこめて韓国料理店に招待し、参鶏湯(サムゲタン)の夕食会。

決まって出てくるキムチと大根のキムチ漬け、味噌、野菜はお代わり自由でビールのつまみに最高。

旅行中、冷麺、牛肉の温麺・・・と、いろんなものを食べたが全部満足。ホテルゆツアーでは味わえない庶民の味を満喫した旅行でもありました。(感謝)


 

 

7月18日 新潟空港へ無事到着

 

午後4時30分に到着したが夕方までホテルのレストランで、はんばぎぬぎを挙行。

家に着いた頃には飲みすぎてフラフラ。

日本の料理もおいしいが、おしりが熱くなるほどのキムチも懐かしい。。。


あとがき

2005年は日韓国交40年にあたります。

節目の年に韓国に旅行ができたことは幸いでしたが、出発前のロンドンでのテロ事件などもあり、不安の多い旅行でもありました。

自分だけは安全・・・という保障はどこにもないからです。(結構、臆病なんです)

 

「日本の歴史教科書は何故事実を書かないの?」「靖国神社の参拝は何故やめないの?」と李さんから、答えに窮するような厳しい質問も時々ありました。

・・・質問というよりも、旧知の仲という親しさから自然に会話の中に出てくるもので、私たちを責める意図ではないのですが、歴史や社会情勢を十分に勉強していない「普通の日本人」である私にとっては少々回答に困る話題でした。

 

「人間は皆兄弟です。あなたと私も兄弟です。友情を大切にして、また会いましょう」・・・という挨拶と固い握手を交わしての帰国となったことを報告いたします。

 

補足

李さんは戦時中(日本軍の占領当時?)に日本語教育を受けた経験があり、日本語が不自由無く使える方のため言葉の違いによる不便がなかったことを補足します。


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