blanc 10 for lovers 01 「もう少しだけここに」時間帯といつもの行動パターンとから、先に食堂に来ているものとばかり思っていたのに。 啓太が一人でぽつんと夕飯を食べ始めてから和希を待つようなつもりでわざとゆっくり食べて食べ終えてしまうまで結局、和希の姿は見えないままだった。 今日は寮にいるはずなのにどうしたんだろう、と啓太はメールを入れてみることにする。 『和希ごはんは? 今どこ?』 送信後。 食後のお茶を飲みながら、待つこと1分。 携帯が震えて返信が入った。 こんなにすぐに返事が入るということは、メールを見れない状態という訳ではないらしい。 だったらどうしたんだろうと、啓太は早速携帯を開く。 『部屋にいるよ。ちょっと急な仕事が入っちゃったんだ』 同級生であり理事長であり、啓太の恋人でもある遠藤和希且つ鈴菱和希は。 MVP戦が終わってからも、毎日相変わらずの忙しさである。 「・・・・・」 和希からの返信メッセージを映した液晶を眺めて3秒間。 考え顔だった啓太は「よしっ」とひとつ頷くと、空になったトレイを手にして立ち上がった。 コンコン、と部屋の扉が叩かれた。 タイミング的に啓太かなと思いながら、ノートパソコンのモニターから顔を上げた和希は、「開いてるよ」と返事を返す。 すると、ごそごそとなぜだか少々手こずっているような気配のあとで、ゆっくりと扉が押し開かれて。 入ってきたのは案の定啓太で、その手にはなにやら大荷物を抱えている。 寮の食堂の、明るいオレンジ色のトレイだ。 「啓太、どうしたんだ?」 「ん。和希きっと、ご飯まだだと思ったから。持ってきた」 今日はハンバーグだし、と云いながらトレイを抱えた啓太はとことこと部屋の奥まで入ってくる。 温かな湯気と一緒にデミグラスソースのいい匂いがして、和希は途端に空腹を意識した。 集中しているとついつい食事や睡眠を疎かにしてしまいがちだけれど、身体はしっかりと、消費した分のカロリーを求めているのだ。 「だめだよ和希、忙しくてもご飯はちゃんと食べなくちゃ」 「ああ・・・サンキュ、啓太」 言い含めるような口調で、目許を軽く怒らせた啓太に叱られて。 くすぐったい気持ちで答えながら、和希はノートパソコンを机の奥へと押しやる。 一時休憩、あっさりと決定。 年下の恋人に世話を焼いてもらうのがこんなに嬉しいなんて、俺も大概だなあと苦笑がもれる。 その溶けた表情のまま、トレーをセッティングしてくれている横顔を眺めていたら、「なに?」と不審そうな視線を向けられた。 「ん? 啓太が食べさせてくれるのかなーと思って」 「ば、ばかっ。そんなことする訳ないだろっ」 かあっと耳まで赤くして、思い切り拒絶をされてしまった。 本当は半ば本気で期待をしていたのだけれど・・・こうして夕食を持って来てくれただけでも、十分嬉しいから。 その気持ちを茶化してしまいたくはなくて、和希は「冗談だよ」と笑ってフォークを取った。 ただでさえ好物の、そのうえ啓太が和希のために持ってきてくれたハンバーグは、普段食堂で食べるよりもずっと美味しい。 気分の問題だけでこんなにも違うものかとしみじみ感動しながら、ナイフとフォークを優雅に使って食事を進めていた和希は、手持ち無沙汰のようにそわそわと様子を伺っている風の啓太に気が付いた。 「? どした?」 「うん、ええとさ、あの・・・ハンバーグ美味しい?」 「ああ、美味しいよ。啓太の愛情がこもってる分、いつもより美味しい」 冗談でもなさげに、和希はにっこり笑ってさらりとそんなことを云う。 な、なに云ってんだよもうっ、と条件反射のように返しながらも、啓太もどこか嬉しそうで。 いいなあこういうの。肩の力が抜けちゃうよなあ、と。 ますます笑みとろけながらハンバーグをもう一口。 「・・・和希」 すると、改めて名前を呼ばれて。 ん? と和希は問いかける眼差しを向ける。 そうして視線が合うと、啓太はまたもう少しだけ口ごもってから、もぐもぐとようやく小さく続けた。 「あ・・・あのさ、俺、もう少しだけここにいてもいい?」 仕事中なんだし、邪魔をしちゃいけないのは分かってるけど、でも・・・と。 おずおずと、伺うような上目遣いを向けられて。 和希は思わず取り落としそうになったナイフとフォークを、見た目ばかりはどうにか優雅にテーブルに置いた。 いきなりそんな可愛い顔をして可愛いことを云い出されれば当然だ。危ない危ない。 「・・・当たり前だろ」 おいで、となけなしの余裕の素振りで手を差し伸べれば。 啓太はほっとしたように笑って、いそいそと机を回って和希の脇へ。 そうして机の引き出しに背を預けるようにして、和希の足許に腰を下ろした。 テレたように、それでも隠し切れず嬉しそうにへへと笑って見上てくる無防備な表情に、たまらない気持ちになるけれど。 もう少しの辛抱辛抱と自分に言い聞かせながら、和希は机の上においてあった雑誌を啓太に差し出す。 「? なに?」 「今週末は休めそうだから、遊びに行く場所を一緒に決めようと思って買ってきたんだ」 「ぇ・・・休みっ? 本当っ?」 ぱあっと分かりやすく表情を輝かせる啓太に、愛しさと、普段強いてしまっている我慢への申し訳なさを覚えながら。 和希は「ああ」と頷いてみせる。 「あと少しで終わるから、それ見ながら待ってて」 「うん、分かった」 「それに・・・」 言葉をとぎらせて意味ありげな眼差しを向ける和希に。 啓太はとくんと小さく胸を高鳴らせて、問うように首を傾げてみせる。 和希のスイッチのオンオフは啓太にとってはいつだって唐突で。 いつだって、どきどきさせられっぱなしで。 「それに、こんな近くにこんな可愛いご褒美があったら、頑張らない訳にはいかないからな」 向けられる愛しげな笑みに、ほわりと頬が熱くなる。 「・・・うん、待ってるから。頑張れよ、和希」 今度は意地を張らずに、啓太はこくんとひとつ頷いて。 和希の膝の辺りに、こつ、とほてった眦をくっつけた。 |