blanc 10 for lovers 01 「並んだ影」





 今日の放課後は絵のモデルをしてくれないかと云ったのは岩井で。
 今日は天気もいいですし、外でしましょうかと云ったのは啓太で。
 2人の意見を総合して、それじゃあ今日は、放課後になったら東屋に行きましょうということにまとまった。



「啓太、眩しくはないか?」
「はい、大丈夫です。今日は風もあるし、すごく気持ちいいですね」
「そうだな、ここは日差しも柔らかい」
「木が多いからですかね」
「ああ・・・」
「日影ってわけじゃないのに、なんだか不思議ですけど」
「・・・・・」
「・・・・えっと・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

 幾つか言葉を交わしながら、それでも岩井は絵に集中をしてしまえば黙りがちになる。
 啓太もその集中の邪魔をしたくないから、一緒になって黙り込む。
 決して居心地の悪い沈黙ではない・・・・・のだ、けれども。
 描かれている側の啓太としては何に集中をしている訳でもないから、ついつい手持ち無沙汰になってしまう。
 元々じっとしていることに向いているタイプではないから余計に、だ。

「・・・・・」

 二人して黙り込んで、5分ほどたったところで。
 なにか変わったことがないかなあと、さまよわせた視線の先に。

「・・・・・・?」

 右前方、斜め下。
 3メートルほど離れて向き合ってベンチに座っている岩井と啓太の影が、光の加減で地面の上にちょうどに並んで映っていて、あと10センチくらいで肩と肩とが触れ合うような、そんな位置にあることに気が付いた。
 このまま太陽が傾けば肩同士がくっつくかなと、なんだか少し嬉しくなって、啓太はほくほくと笑みを深める。
 その柔らかな表情に気が付いた岩井が、幸せそうな啓太の笑みを、キャンバスに写し始めたことにも気付かずに。
 啓太はわくわくと心の中で、のんびりペースなカウントダウンを開始した。


 5分・・・。


 もう少し。


 10分・・・・・・。


 あともうちょっと。


 15分・・・・・・・・・。


 そうして。
 ようやく、肩同士が触れるかなと思った瞬間・・・。

「・・・できた」

 岩井が立ち上がって。
 岩井の影も同時に立ち上がって。
 もうすぐ啓太の肩と触れ合いそうだった岩井の影が、ふいと離れて遠のいてしまった。

「・・・・ぁ・・」

 地面ばかりを見ていた啓太は、夢から覚めたような心地でゆっくりと岩井のほうに視線を向ける。
 すると岩井もこちらを見ていて、目線が合って。
 キャンバスを手に立ち上がってるその様子に、絵が描きあがったらしいことを知る。

「? 啓太?」

 どうした? と。
 なんだか途方に暮れたような表情をしている啓太に、問うように岩井は首を傾げた。

「いえ、あの・・・」

 影が離れてしまったのが寂しかったんですなんて、あまりにも子供っぽい云いように思えて、啓太は思わず口ごもる。
 けれどもしょんぼりとしたその様子は隠しようもなく。
 岩井は心配そうに眉を顰めて、啓太の近くへと歩み寄る。

「なにか、あったか?」

 気遣う声音で訊ねながら、大きな手のひらがふわりと啓太の頭を撫でた。
 影ではなくて、本物の岩井のぬくもり。優しい感触。
 触れた手のひらからは大切な想いまでもが伝わってくるようで、胸のうちが温かくなって、なんだかほっとするような心地がした。
 そうしたら、二人の影をこっそり一人きりで見ていたことが、なんだか勿体ないように思えてきて。
 啓太は笑みを取り戻すと、まだ心配そうにしている岩井の顔を、少しテレくさいような気持ちでそうっと見上げた。

「あの・・・俺、さっきから影を見ていて」
「影?」
「はい、岩井さんと俺の影が地面に・・・」

 ちょうど並んで写ってたんですよ、と。
 さっきまで影があった辺りを指差しながら、もう少しで触れ合いそうだった肩のことを説明すると。
 指先を追うように地面の位置を確かめた岩井が、「そうか」と笑って頷いてくれた。

「もう少し、時間をかけて描けばよかったな」

 そうすれば啓太をがっかりさせなくて済んだのにと、すまなそうに云うものだから。
 啓太は慌ててその腕を両手で取って、急いでかむりを振ってみせる。

「そ、そんなこと! ないです!」
「啓太?」
「だって俺はっ、影の岩井さんよりも本物の岩井さんのほうが好きだから!」

 身を乗り出して勢い込んで告げる啓太を、きょとんと見返す岩井の。
 その瞳が浮かべる少し驚いたような色を見ているうちに、ようやく自分が云った言葉の意味に気が付いた啓太は、かあああああと頬から耳までをほてらせる。

「・・ぁ・・の・・・・・ぇ、ええとっ」

 一度口から出した言葉をしまい直すことはできずに。
 うろたえる啓太を尻目に、くすくすと笑う岩井はとても嬉しそうだ。
 その笑みに、云い直すことも否定することもますますできなくなってしまった啓太は、困り果てて眉をハの字にして、岩井を見上げる。

「そうか・・・・・嬉しいな」
「岩井さん・・・」
「俺も、影の啓太よりも本物の啓太のほうが好きだ」
「・・・・・はい」

 当たり前のようにそう云って、嬉しそうに目を細める岩井に。
 啓太もただ嬉しくなって、頬を熱くしたままへへへとテレ笑いで頷いた。

「あの、岩井さん。絵を見せてもらってもいいですか?」
「ああ、勿論だ」
「ありがとうございます・・・・・・わあ」

 岩井の胸許に頬を寄せるようにして、きらきらと目を輝かせてキャンバスを覗き込む啓太と。
 視線の高さを合わせるように軽く屈み込んだ岩井の。
 足許から伸びたふたつの影が、キスの角度で触れ合っているのに。

 二人が気付くまで、もうあとわずか――――・・・・





夏の話のつもりが、なんとなく秋っぽいような話になった気がするのは、私自身
「芸術の秋!」
くらいしか芸術に関わりがないせいでしょうか・・・。

だっておかしいよ! もともと真っ白い紙なのに!
どうしてそこに絵だのデザインだのが描けるんだ―!

友人たちにはいつも「そっちのがおかしいよ!」と云われるのですが
私は文章を読んでいても書いていてもからっきし画像が思い浮かばんのです。

天性だと思うのよ、絵画的センスがあるかないかというのは・・・゚・(ノ∀`)・゚・


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